第70話「全部、話す」
決めたのは、底鳴りの翌朝だった。
朝飯の卓で、俺は、椀を置いて、言った。
「——聞いてほしい話がある。長くなる。……俺の、正体の話だ」
三人の手が、止まった。
どこから話すか、は、前の晩に決めてあった。最初からだ。省略なし。誤魔化しなし。
俺には、もう一つの世界があること。眠るたびに、そっちで目を覚ますこと。そっちの俺は、ノボじゃなく、別の名前で、狭い部屋に住んでいて、酒で沈みかけて、金の呪印まみれで、人との縁が切れてて——この奈落で俺が使ってきた定石は、全部、そっちの人生の、詰んだ場所から拾ってきたものだということ。
白紙病の正体の、俺なりの仮説。俺の書が消える朝は、いつも、向こうの朝だということ。
岬で見たもの。Aの、正体。
全部、話した。
話し終えるまで、誰も、一言も、挟まなかった。
◇
最初に口を開いたのは、ガルドだった。
「————つまり、だ」
大男は、腕を組んで、うんうんと唸って、
「貴様は、二つの人生を、同時に立て直しておる——ということか」
「……まあ、そういうことに、なる」
「二倍ではないか」
「は?」
「立て直しの手間が二倍! 苦労も二倍! ——であれば、貴様の積んだものも、二倍であろうが!」
ガルドは、卓を、ばん、と叩いた。
「何を辛気臭い顔で告白しておる! 誇れ!」
……この男は、たまに、切れ味が公案じみてる。
「僕はさあ」ヴァーノが、頭を掻いた。「正直、途中から薄々な。大将の定石、生々しすぎたもん。呪印の話とか、泉の話とか。魔獣相手に覚えた手つきじゃねえよ、あれは。……人生相手の手つきだ」
「気づいてたのか」
「気づいてて、聞かなかった。——余白は、本人が本文に書くまで待つもんだろ?」
一本、取られた。
ミナは、ずっと黙って、俯いてた。泣くかな、と思った。違った。顔を上げたミナは、泣いてなかった。真っ直ぐ、怒ってるみたいな真剣さで、言った。
「——ノボさんの、向こうの世界には」
「ああ」
「隣に座る人は、いるんですか」
「————」
「いないなら」ミナは、卓に身を乗り出した。「私たちの分まで、ノボさんが、ノボさんの隣に座ってください。約束してください。……私たちは、そっちに行けないので」
俺は、しばらく、声が出なかった。
「……ああ。約束する」
「はい」
ミナは頷いて、それから、やっと少し泣いた。
俺は、しばらく、卓の木目を見てた。
……受け入れられると思ってなかった側の人間ってのは、受け入れられた瞬間、何をすればいいのか、本当に分からないんだな。怒られる準備と、去られる準備は、してきた。何十年分も。——受け取る準備だけ、してこなかった。
準備のないまま、受け取った。胸の奥のあの場所が、軋んで、開いて、閉じ方を忘れた。
……閉じ方は、もう、思い出さなくていいのかもしれない。
ちなみにその日の昼飯は、なんでか全員が、やたら俺の椀に飯を盛った。正体を明かした男への祝儀が飯って、うちの隊らしすぎるだろ。……三杯、食った。
◇
その夜、Aが、焚き火に来た。
「話したんだってなw」
「ああ」
「……どうだった」
「——秘密ってのは、最後の分散保存だな。預けたら、軽くなった」
Aは、フードの奥で、長いこと笑ってた。笑いながら、右腕の袖が、風で揺れた。欠けは——肘まで、届いてた。薄くなっていく速度が、上がってる。俺が、あの男の知らない手を打つたびに。
「なあ、A。あんたは——仲間に、話したのか。あんたの周回で」
「…………いいや」
「そうか」
「……ああ。話せなかったよ、俺は。最後まで」
Aは、火に、薪を一本足した。
「——だから、濃くなったり薄くなったりしながらよ。今日のお前を見られて……ま、悪くねえ夜だわ」
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。誰にも言えない事情、あるだろ。──全員に言う必要はねえ。ただ、墓まで持ってく必要も、ねえんだぜ。




