第66話「最終区画」
最終区画の登り口は、静かだった。
完全攻略者が、二年、拠点を張って登らなかった場所。俺たちは、そこに立った。
見上げる。岩の大斜面の、遥か上に——白い光の線が、走ってる。地上の光だ。本物の。この世界の全員が、目指して、ほとんどが辿り着かなかった、出口の光。
そして、登り口の周辺の景色に、俺は、息を呑んだ。
似てる、どころじゃなかった。
岩の稜線は、もう、ビルの輪郭だった。鉱脈の光の並びは、駅前の街灯の間隔だった。斜面に刻まれた古い階段は——アパートの、外階段と、同じ段数をしてた。数えなくても分かった。毎日、登ってた段数だ。
「……なあ、大将」ヴァーノの声が、硬かった。「ここ、登るほど、変な感じがしねえか。俺、来たことある気がする。この道。ずっと昔に」
「儂もだ。……懐かしい、というのとも違う。なんだ、この——」
「帰り道、みたいな感じ」
ミナが、言った。全員が、黙った。それだ。この最終区画は、初めて来る場所なのに、全体が、帰り道の匂いがする。
Aだけが、驚いてなかった。
「……A。あんた、この上に何があるか、知ってるんだろ」
「ん。知ってる」
「聞いても、言わないんだろ」
「分かってんじゃんw」
Aは、斜面を見上げた。フードの奥の目が、白い光の線を、細く映してた。
「一個だけ、言っとくわ。——この登りはな、ノボ。強さの試験じゃねえ。ここから先の魔獣は、腕力じゃ寄ってこねえ。……お前が『登りたくない理由』の数だけ、寄ってくる」
登りたくない、理由。
その言葉の意味を測りかねてるうちに、それは、来た。
足元からだ。
ずうん、と。奈落の全部が、底から鳴った。岩が震え、砂が流れ、遥か下の——最下層の方角の闇が、一瞬、生き物みたいに、脈打った。
同時に、だった。
「——ノボさん! 書が!」
ミナの書が、勝手に開いてた。ガルドのも。ヴァーノのも。俺のも。
全員の書の、最新のページに——同じ掠れが、同時に、走ってた。今までの白紙病の掠れじゃない。もっと荒い。ページの端から、何かが、囓ったみたいな。
底鳴りは、三度続いて、止んだ。
書の掠れは、止まったまま、残った。
Aが、フードの奥で、低く言った。
「……起きたか」
「A。——何が」
「底のやつだよ。お前が置いてきた、全部の」
Aは、俺を見た。
「言ったろ、最下層で。ここから先は落ちる心配がねえ、って。……ありゃ、半分嘘だ。落ちる心配は、ねえ。——だが、底の方から、登ってくる心配は、あるんだわ」
「……底って、俺が目覚めた最下層のことか」
「————床、だよ」
「は?」
「あそこは底じゃねえ。床だ。……床の下の話は、しねえけどな。w」
その「w」は、笑ってなかった。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。片付けずに置いてきたもの、あるだろ。──あれな、置いた場所に居てくれるのは、最初のうちだけだぞ。
(第3部 了。第4部「署名編」に続く)




