第65話「もう一度、門へ」
最終区画へ発つ前に、俺には、寄る場所があった。
上層の門だ。
裏道で最上層に入った俺は、正規の門を、まだ通ってない。実務上は、通る必要なんてない。もう内側にいるんだから。
「——なのに行くのか」ヴァーノが呆れた。「律儀っつーか、負けず嫌いっつーか」
「借りがあるんだよ。あの壁に」
借り、というのは正確じゃないかもしれない。宿題、の方が近い。汝以外の全てを変えた——あの一文を、俺は置き去りにしたまま、先へ進んだ。置き去りの宿題は、奈落の沈殿と同じだ。放っておくと、育つ。
三人と、それから、いつの間にか合流してたAが、門の手前で待つことになった。
「よう。再試験かw」
「ああ」
「……前と、何が変わった?」
質問で送り出すのが、あの男の餞別らしい。俺は答えずに、門の前に立った。
光の壁。流れる文字。俺は、手を当てた。
——汝、何を残したか。
来た。
前回の俺は、ここで在庫を並べた。定石。講習。仕組み。成功例。全部、正しい在庫で、全部、弾かれた。
今回は、並べなかった。
代わりに、この半年を、そのまま思った。
岬で流した涙。峠の岩陰で流した涙。悲しい、と初めて口にした夜。リタの隣に座った一時間。使わないと決めた、引き留める言葉。ぐちゃぐちゃのまま持ち続けてる感情。手を放した朝。——どれも「残したもの」じゃない。誰かに渡した実績ですらない。全部、俺の内側で変わった、俺の話だ。
……ああ、そうか。
壁の前で、俺は、少し笑ってしまった。
この問いは、最初から、業績の話をしてなかったんだ。
汝、何を残したか。——お前の中に、だ。お前が変えた世界の側じゃなく、世界に変えられたお前の側に、何が残ったか。それを、この壁はずっと聞いてた。俺だけが、外側の在庫で答え続けてた。
「————悲しめるようになった」
口に、出してた。
「涙と、手放し方と、隣の座り方と……あと、片付かない感情の、持ち方を。半年で、それだけだ。少ないけどな。——俺の中に残ったのは、それだけだ」
壁が。
水に、なった。
俺は、くぐった。くぐって、振り向いた。門の内側から見る光の壁は、ただ、静かに光ってた。
「——おかえり」
Aが、笑ってた。フードの奥で、今まで見た中で、一番濃く。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「今年、何を成し遂げた?」って問いに詰まった奴は、問いを変えろ。──「今年、俺の中に何が残った?」だ。そっちなら、書けるだろ。




