幕間「折れた剣」
天幕に、若い騎士が通ってた。
十七か、十八か。ガルドに憧れて、ガルドの武勇伝をそらで言えるほど聞き込んでて、ガルドの真似をして重装を着込んでる、まっすぐな目の若造だった。名を、ロディといった。ガルドも満更でもなく、稽古をつけてやってた。
その若造が、担ぎ込まれてきたのは、雨の日だった。
上層の岩甲虫の群れに、正面から突っ込んだらしい。「戦士は退かん」と叫んで。仲間が退却を進言したのに、聞かず。
一命は、取り留めた。ミナの光と、運と、仲間が引きずって逃げた勇気のおかげで。ただ、右腕の骨は、当分、剣を握れない折れ方をしてた。
ガルドは、寝かされた若造の顔を、長いこと、見下ろしてた。
それから、天幕を出て、雨の中に、立った。
◇
夜になっても、大男は戻らなかった。
探しに出た俺が見つけたのは、街外れの岩場で、雨に打たれたまま、座り込んでる背中だった。
「————ノボか」
「ああ」
「……あやつはな。儂の話を、聞いて育ったのだ。洞鬼に正面から挑んだ話。退かずに立ち続けた話。儂が面白おかしく、三割増しで語った武勇伝をな。……あの突撃は、儂の言葉で、できておった」
雨が、鎧を叩いてた。
「儂は貴様に会うて、見切りを覚えた。避けることは逃げではないと知った。……知ったのに、な。語るときは、昔の話ばかりしておった。退かなかった話の方が——強そうに、聞こえるからよ」
ガルドは、自分の傷だらけの拳を、見た。
「————ノボよ。儂はな」
声が、初めて、あの大男の声じゃなくなった。
「儂は、頑張り方しか、知らんのだ」
雨が、鎧の隙間に入り込んでいくのが、見えた。大男は、拭わなかった。
「退けん。休めん。弱音の吐き方を、知らん。……強いのではないぞ、ノボ。それしか、持っておらんのだ。技が一本しかない男が——その一本を、子どもに握らせて、折ったのよ」
「————」
「退き方も、休み方も、弱音の吐き方も、誰にも習わんかった。故郷の流儀は『耐えて振れ』の一本でな。……だから儂は、耐えられん夜も振れん朝も、なかったことにして生きてきた。貴様の言う、余白にすら書かずにな。——その儂の、なかったことにした分が、めぐりめぐって、あの若造の右腕を折ったのよ」
俺は、隣に、座った。
雨の岩場に。天幕で覚えた座り方で。直しに来た男じゃなく、隣に来た男の座り方で。
何も、言わなかった。
ガルドの肩が、雨の音の中で、二度、大きく、震えた。それを見なかったことにする程度の礼儀は、俺にもある。
長い雨のあと、ガルドは、立ち上がった。
「……親父が、言うておった。折れた剣は、いつでも打ち直してやる、と。——儂はあれを、剣の話だと思うておったが」
「違ったか」
「うむ。————儂の話だったわ」
◇
翌日から、ガルドの稽古が、変わった。
若造の枕元で、大男は、洞鬼の三撃の話を——初めて、正しい順番で語った。一撃目を正面から受けて盾が割れた所から。吹っ飛ばされた所から。ノボとかいう軟弱者の指図で、生まれて初めて避けた所から。
「——強くなったのは、避けてからよ」
若造は、目を丸くして聞いてた。憧れの英雄の、初めて聞く負けの話を。
武勇伝より、ずっと熱心に。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。お前の武勇伝、三割盛って語ってるだろ。──若い奴はな、盛った三割の方を真似るんだぜ。




