第64話「私、結構やってるな」
天幕の話の、続きをする。
聞く係で、一番向いてたのは——ミナだった。
圧倒的に、だ。
俺たちが三十分かける相手を、ミナは黙って隣に座るだけで、五分で喋らせる。理屈は、たぶんこうだ。あの子の隣は、審査がない。俺の隣には、どうしても観測の気配が残る。ガルドの隣は頼もしすぎて、弱音の背筋が伸びる。ミナの隣だけ、崩れたままで、いられる。
天幕に来る客の半分は、ミナの当番の日を狙って来るようになった。
リタは、ミナに完全に懐いた。掠れの見張り番ごっこの報告は、全部ミナ宛てだ。
その週の報告は、天幕中に響いた。
「見張り番、報告しますっ! 掠れ——三週連続、増えてませんっ!!」
直立、敬礼、どや顔。ミナが両手を上げて、リタが飛びついて、母親が口を押さえて、泣き笑いの顔になった。増えてない、はまだ治ったじゃない。それでも、あの敬礼を見た日の天幕は、一日中、暖かかった。母親たちの井戸端は、ミナの周りにできた。ミナが白湯を注ぐと、なぜか同じ白湯より、うまいらしい。
本人だけが、相変わらず、気づいてなかった。
「わ、私は、その、座ってるだけで……皆さんが、勝手に元気になっていくだけで」
勝手に、じゃないんだよなあ。それが。
◇
街を発つ前夜、天幕の引き継ぎ式をやった。
天幕は、リタの母親と、常連の数人が引き継ぐ。看板も、白湯の釜も、座り方の心得も。ミナは引き継ぎの口上を任されて、真っ赤になりながら、それでも最後まで、やり切った。
式のあと、俺は片付けの途中で、見た。
天幕の隅で、ミナが、自分の書を開いてた。
今日の分を書いてる——んじゃ、なかった。ページを、遡ってた。最下層で拾われた日から。手柄が全部他人の名前だった頃のページ。「私が」が増え始めた頃のページ。岬で俺を怒鳴った日のページ。天幕の、二十日分のページ。
ミナは、自分の書を、最初から最後まで、読み返してた。
読み終えて、閉じて。
それから、誰に聞かせるでもない、小さな、小さな声で。
「…………私、結構やってるな」
俺は、聞かなかったことにして、天幕の杭を抜いた。
書に書くのも、やめておいた。あれは、あの子の書にだけ載ればいい一行だ。
……のだが。
翌朝、出発の隊列で、ガルドがミナの頭に手を置いて「うむ、お前は結構やっておる」と言い、ヴァーノが「ん? 何の話?」と食いつき、ミナが「き、聞いてたんですかガルドさん!?」と沸騰した。あの大男、俺より先に聞いてやがった。しかも黙ってられない。
ミナは真っ赤なまま、それでも、否定はしなかった。
いい朝だった。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。自分の記録、たまには最初から読み返せ。──他人の採点じゃ出てこない一行が、たぶん、出てくるぞ。




