幕間「買い出し」
「ノボ。荷物持ち、頼める? 味噌の樽、買いに行くから」
セレナにそう言われたのは、天幕の当番明けの朝だった。断る理由もない。俺は頷いた。それだけの話だった。
——それだけの話の、はずだった。
「「「「デートだ」」」」
食堂の陰で、四つの声が揃った。ガルド、ヴァーノ、ミナ、そして何故か爺さんまでいた。あんたの姪っ子だろ。
「違う。樽だ」
「樽って言うデートもある」
「ない」
◇
市場までの道を、セレナと歩いた。後ろが、騒がしかった。
振り向かなくても分かる。ガルドは、でかい。物陰に隠れても、肩と兜の角が完全にはみ出てる。ヴァーノは変装のつもりで謎のローブを着てるが、あの装飾音で三区画先から分かる。ミナは小声の実況をしてるつもりで全部聞こえてる(「い、今、お二人の距離、約一メートル半です……!」)。リタまでいた。お前は学べ、何かを。
セレナは、気づいてる素振りも見せず、市場を回った。
俺は俺で、途中から市場の値切りの定石の検証に夢中になった。「三軒回って相場を出す」「端数を切る前に袋を出す」「常連の隣に並ぶ」——奈落の市場にも、ちゃんと定石がある。書き取ってたら、セレナが呆れ半分に笑って、試食の干し肉を、俺の口に、ひょいと入れた。
「ん。歩きながら食べな。倒れるよ、検証で」
後方で、ミナの実況が裏返る音がした。
◇
樽を買って、帰り道。
セレナが、前を向いたまま、ぽつりと言った。
「……賑やかなの、好きだよ」
「ん?」
「昔は、静かな方が好きだと思ってた。……違ったんだよね。静かなのが好きなんじゃなくて、疲れてただけだった。——今は、賑やかなの、好き」
それだけ言って、彼女はいつもの顔に戻った。
素、というやつを、初めて一滴、見た気がした。名づけないでおいた。
そして街角を曲がる手前で、セレナは、振り向かずに、よく通る声で言った。
「————みんなも、帰り。荷物、まだあるよ」
物陰の四人と一名が、硬直する気配がした。
結局、追加の樽二つと米袋を、尾行班が全員で運ぶ羽目になった。ガルドが樽を二つ担ぎ、ヴァーノが「休憩!」を三回要求し、ミナが米袋の下でぺしゃんこになりかけ、爺さんだけが手ぶらで先導した。あんたが一番ずるい。
「……なあ、セレナ。いつから気づいてた」
「ん? ——出る前から」
教えない女は、全部知ってる女でもあった。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。尾行はバレる。必ずバレる。──バレたあと荷物を持たされるまでが、様式美だ。




