第59話「再会」
振り向いた先に、ヴェラが立ってた。
金の髪は、少し短くなってた。頬に、新しい細い傷。装備は使い込まれて、あちこち直した跡があって——彼女の剣だけが、変わらず、完璧に手入れされてた。肩の外套の留め具が、見覚えのある光り方で、西の風に、ちゃんと保ってた。
「よ、よぉ、久しぶり——って、うおっ」
ヴァーノの挨拶を吹き飛ばして、ガルドが前に出た。大股で三歩。何か言おうとして、言葉にならず、結局、拳を差し出した。
「————息災で、何よりだ」
「ええ。ガルドも」
こつ、と拳が合わされた。ミナは、もう駄目だった。顔をぐしゃぐしゃにして突進して、ヴェラに受け止められて、わんわん泣いた。ヴェラは、ミナの頭を撫でながら、笑ってた。あの正確な人が、腕の中の泣き声に、間合いを全部、崩されて笑ってた。
俺は、一歩後ろで、それを見てた。
いい位置から。……いや。
俺は、一歩、前に出た。
「——壁を、見た」
「そう」
「三回しか検証してない手順を、三回と書いて貼るのは、勇気が要ったろ」
ヴェラは、少しだけ、目を見開いた。
それから、ふ、と笑った。
「……最初に言うのが、それ? 半年ぶりの第一声が、壁の検証回数の話?」
「……悪い」
「いいえ」彼女は首を振った。「——あなたで、安心した」
◇
その夜は、拠点の広場で、宴になった。
西の連中は気のいい荒くれ揃いで、ヴェラは「壁の人」と呼ばれてた。ヴェラ本人が斬り拓いた武勇伝より、彼女の壁に救われた話の方が、何倍も語られた。斑蜘蛛の谷で全滅しかけた隊。彼女の「雨の後にだけ通れ」の一枚で、生きて帰った十一人。
「——で、あんたが『先生』か」
西の古株が、俺の椀に湯を注ぎながら言った。
「壁の人がな、よく言ってたぜ。東に、壁の元祖みてえな男がいる、って。定石を出し惜しみしない男。失敗を正直に書く男。……あんたの流儀を、あの人は、ここに持ち込んだんだ」
俺は、椀の湯気の向こうの、ヴェラを見た。
彼女は西の若い剣士に囲まれて、手順の質問に、一つずつ、正確に答えてた。答えたあと、必ず一言、足してた。「——で、あなたはどう思った?」
……おい。
それ、俺の流儀ですらないぞ。もっと前の——あの、フードの男の。
流儀ってのは、そうやって、河みたいに流れてくものらしい。誰の私物でもなく。
◇
宴が引けた深夜、広場の火の前に、俺とヴェラだけが残った。
狙ったわけじゃない。……いや、これも正直に書こう。俺は、残った。彼女も、残った。それだけだ。
「……変わったね、ノボ」
火を見たまま、彼女が言った。
「そう見えるか」
「ええ。前のあなたは、宴で『いい位置』にいた。輪の外の、全部が見える場所に。今日のあなたは——ミナの隣で、湯をこぼされて笑ってた」
見てたのか。
「岬に行った」俺は言った。「全部の俺を見た。最強の俺と、沈んだ俺と……あんたを怒鳴って引き留めた俺も、見た」
「あら。それは、酷い男ね」
「ああ。最悪だった。……なあ、ヴェラ。あんたが最後に言った言葉の意味を、ずっと考えてた。『私が去ることが、私があなたにできる最後の攻略』——」
俺は、火から目を上げて、彼女を見た。
「——分かったよ。半年かかった。あんたは、俺の隣にいる限り、俺が『大丈夫な人の棚』を開けないと知ってた。だから、棚ごと壊して出て行った。去られて初めて、俺は、引き留める言葉を自分が持ってないことを知った。持ってないと知ったから——探し始めた。あんたの離脱は、撤退じゃなかった。……俺への、最後の一手だった」
ヴェラは、長いこと、黙ってた。
火が、爆ぜた。
「……答え合わせは」と、彼女は言った。声が、少しだけ、揺れてた。「明日の朝で、いい?」
「ああ」
それから俺たちは、夜明け近くまで、どうでもいい話をした。ガルドの兜の角飾りの話。ヴァーノの店の構想の話。ミナの花の話。西の飯のまずさの話。どうでもいい話が、こんなに減らないものだと、俺は初めて知った。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「どうでもいい話」ってのはな、どうでもよくねえんだ。──それができる相手の数を、資産って呼ぶんだよ。




