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第57話「西からの風」


 四日目の朝、宿に使いが来た。


 中継街の冒険者組合からの、正式な依頼状だった。ヴァーノが読み上げる。


 「えー……『西方未踏域に、新たな冒険者拠点が成立。当該拠点との定石交換の使節として、貴隊を指名する』——定石交換?」


 「西の未踏域って、地図の白紙のとこだろ? 拠点なんかできてたのか」


 「それがな」使いの男が、身を乗り出した。「できてたんだよ。しかもすごい勢いで、だ。発端は、一人の剣士らしい。単独で西に入って、道を拓いて、通った場所に定石を書き残していった。その書き置きを頼りに人が入って、気づいたら、壁ができてた」


 「壁?」


 「定石の壁だ。大階段のやつの、西版よ。——で、その剣士ってのが」


 使いは、俺を見た。


 「——女の剣士だそうだ。戦うと、髪が光って見えるんだと。西じゃもう、名前より『壁の人』で通ってる」


 卓の、誰かの椀が、止まった。


 「……おい」ヴァーノの声が、低かった。「単独で。定石を書き残しながら進む。三回しか検証してないものは三回と書く流儀の——髪の光る剣士、だと?」


 使いは、きょとんとしてた。俺たちは、してなかった。


 卓の空気が、止まった。


 ガルドの持ってた椀が、音を立てて置かれた。ミナが、口を両手で覆った。ヴァーノが、依頼状をもう一度、最初から読み直した。


 俺は——自分の心拍を、観測してた。速い。正直に書く。速かった。


 「……生きてたのだな」ガルドの声が、震えてた。「生きて、道を、拓いておったのだな」


 「生きてたどころじゃねえだろ、これ」ヴァーノが、依頼状を叩いた。「未踏域に、独りで、壁を建てた? ……はは。ははは。あの人らしいにも、程があるわ」


 ミナは、もう泣いてた。早い。まだ何も始まってない。


 「——受けるぞ」


 俺が言うと、三人が、一斉にこっちを見た。


 「定石交換は、こっちにも利がある。西の未踏域のデータは、最終区画の攻略にも効く。……それに」


 それに、の続きを、俺は少し探して、結局、事実だけを言った。


 「彼女の壁を、見たい」


 三人が、妙な顔で、笑った。なんだその顔は。


 ◇


 出発の朝、宿の裏で、セレナが薪を割ってた。


 「西に行く」


 「ん。いってらっしゃい」


 いつもの、買い物みたいな声。……のあとに、彼女は珍しく、一言、足した。


 「——いい風の日は、いい別れができるよ」


 「……別れると、決まったわけじゃ」


 「ん? そう?」


 セレナは笑って、斧を振り上げた。


 ぱか。


 それ以上は、何も言わなかった。教えない女は、今日も、教えなかった。



先輩冒険者Aのメモ

※現実世界の諸君へ。会いに行くか迷ってる相手、いるだろ。──迷えてるうちに行け。迷えなくなってからじゃ、遅いんだ。


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