第49話「最上層」
最上層は、静かだった。
岩の圧が、消えてた。天井は高く、光は白く、空気は乾いて澄んでる。道は広く、魔獣の気配は薄い。奈落の最終区画は、拍子抜けするほど——穏やかだった。
そして、妙に、見覚えがあった。
岩の稜線の形が、どこかの街のビル影に似てる。光る鉱脈の並びが、夜の車道の街灯に似てる。広場の石畳の割れ方が——俺のアパートの前の、あの歩道に、似てる。
似てる、が増えていく。登れば登るほど、この世界は、あっちに似てくる。
その意味を考えるのは、まだ、やめておいた。
◇
宿で、三人と合流した。
「大将! 遅かったな! 裏道ってのはどうだった」
「……ああ。近道だった」
Aのことは、言わなかった。
言えなかった、んじゃない。言葉にした瞬間、あの問いが死ぬ気がしたからだ。あの男の正体は、俺が半年かけて自分の目で受け取った答えだ。三人にも、いつか、それぞれの受け取り方があるんだろう。先回りはしない。あの男が、俺にしなかったように。
その晩は、久しぶりに、何でもない夜だった。
最上層の宿の飯は妙に上品で、量が足りず、ガルドが三人前を追加した。ミナは「枕が変わると眠れないんです」と言った五分後に、椅子で寝落ちた。ヴァーノは新しい地図に、もう店の候補地の印をつけてた。最上層にまで、だ。気が早いにも程がある。
俺は、その全部を、輪の中から見てた。内面の探索は、しばらく休みでいい。人の声のする場所で、湯気の立つ飯を食う。——回復ってのは、たぶん、こういう地味な形をしてる。
「時にノボよ。街で妙な噂を聞いた」
ガルドが、声を落とした。
「この最上層にはな——〈世界線の岬〉なるものが、あるらしい」
「岬?」
「行った者は口を揃えて言うそうだ。『自分に会った』と」
ヴァーノが、地図を広げた。最上層の北の端。等高線が途切れて、その先が、白紙になってる区画があった。地図屋も、書き込めなかった場所。
「……曰く、そこでは『選ばなかった道』が見えるんだと。別の選択をした、別の自分の人生が」
火の爆ぜる音だけが、しばらく、卓の上にあった。
見たいか、と聞かれれば。
俺の中の検証の男が、即答した。見たい。俺の「選ばなかった道」——それはつまり、俺という現象の、対照実験だ。これ以上のデータが、あるか。
俺の中の、別の何かが、小さく言った。
……見て、平気なのか。お前。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「あの時ああしてれば」って想像、あるだろ。──あれの実物を見せる場所が、この先にある。悪いことは言わん、続きを読む前に飯を食っとけ。




