第47話「Aの背中」
門前の野営地で、俺は一人、壁の言葉を反芻してた。
三人は先に行かせた。「合流の手筈だけ決めて、先に最上層の入り口の宿を押さえてくれ」と。三人とも渋ったが、最後はヴァーノが「……大将には大将の宿題があるらしい」と二人を連れてった。あいつ、ああいうところの察しだけは、宮廷級だ。
「——よう。弾かれたってなw」
来ると思ってた。
Aは、焚き火の向こうに、いつの間にか座ってた。
「笑いに来たのか」
「迎えに来たんだよ。……近道を教えてやる。一回だけな」
「近道?」
「門の裏手だ。正規の門が測るのは『変化』——けど、裏道はちょっと違うもんを見る。ま、行けば分かる」
Aは立ち上がって、歩き出した。ついて来い、とも言わずに。
俺は、ついて行った。
◇
裏道は、長かった。
二人きりの道行きは、初めてだった。思えば、こいつはいつも「現れる」だけで、並んで歩いたことがなかった。
並んで歩いて、分かったことがある。
歩幅が、同じだった。
岩場での足の置き方。危険な浮石を、無意識に爪先で確かめる癖。休憩の取り方——座る前に、必ず退路を一本、目で確保する。野営の火の組み方。薪の足し方の、間隔。
全部、同じだった。
俺は、自分の癖の一覧を、目の前の背中で見てた。
「……なあ、A」
「ん?」
「あんた、俺と、同郷か何かか」
「w」
Aは、笑っただけだった。
道中、あの男は妙な雑学ばかり喋った。
「知ってっか? 黒犬の群れにもな、定石が伝わってんだぜ。——『線の内には入るな。あの二本足は、線の外では殺さない』。……お前の最下層の完封、あっち側の口伝にも載ってんだよw」
「……犬に、語り継がれてるのか。俺は」
「光栄だろ?」
微妙だった。もう一つ、覚えてるのがある。
「この奈落でよ、俺が本気でやり合いたくねえのは、一人だけいるわ」
「白の海か」
「————人、だな。うん」
「誰だよ」
「w」
それ以上は、何度聞いても、笑うだけだった。
その夜の野営で、火を挟んで、Aが珍しく、自分から口を開いた。
「なあ、ノボ。……もし、昔の自分に会えたら、お前、何て言う?」
「昔の、自分」
「そ。最下層で目ぇ覚ました朝の、お前でもいい。もっと前の——ぐちゃぐちゃだった頃の、お前でもいい」
俺は、火を見ながら、考えた。
忠告か。定石の先渡しか。ああするな、こうしろ。酒の棚に近づくな。彼女に、ちゃんと——
どれも、口の中で、嘘の味がした。
「……何も、言わない」
「ほう?」
「言っても、聞かない。あの頃の俺は、誰の言葉も入らない場所にいた。……言葉が入るようになったのは、自分で底を触って、自分で一行目を書いてからだ。順番は、飛ばせない」
Aは、フードの奥で、長いこと黙ってた。
それから、火に薪を一本足して、言った。
「——だよなあw」
その「w」が、今まで聞いたどの「w」とも、違う音をしてた。
◇
夜明け前、裏道の最奥に着いた。
小さな扉が、あった。正規の門の光の壁とは違う、古い、木と鉄の扉。
Aは、扉の前で、立ち止まった。
「この先が、最上層だ。……ああ、それと。ここの決まりを言っとくわ」
Aは、扉に手をかけて——それから、自分のフードに、手をかけた。
Aは、そこで初めて、少しだけ——ためらった。
フードの縁を、指で、二度、撫でた。何年もかけて問いを配ってきた男が、最後の一枚をめくる、指つきだった。
「ここから先は——顔を見せなきゃ、通れねえんだ」
先輩冒険者Aのメモ
(明日、全部話す)




