第45話「Aは何を知っているのか」
限界だった。
何がって、俺の、Aへの「保留」がだ。
最下層からずっと、保留にしてきた。あの男の正体。あの男の目的。質問すれば質問で返される。だから、聞くだけ無駄だと、棚に上げてきた。
だが、状況が変わった。あいつは知りすぎてる。
「A。話がある」
夜。宿の屋根。俺は逃げ道のない場所を選んだ。屋根に逃げ道も何もないが、気分の問題だ。
「おw どうした、改まって」
「あんたは、俺の消失の周期を知っていた。『二回目は楽だ』と、一回目の朝に言った。ヴェラが去ったとき、驚かなかった。俺が眠れなくなったら、扉の話をした。……そして昨日、俺は思い出した。ガルドが上層で見たっていう、手順を崩して勝つフードの男。——あれも、あんただろ」
「…………」
「A。あんたは、何者だ」
風が、屋根の上を、渡っていった。
Aは、しばらく黙ってた。それから、いつもの軽さの、一枚下の声で、言った。
「——なあ、ノボ。お前、答えを貰った定石が、どうなるか知ってるよな」
「……定着、しない」
「そういうことだ」
「今は、そういう話をしてるんじゃない」
「そういう話しか、してねえんだよ。最初からずっと」
Aは、立ち上がった。
「俺が何者か。いい質問だ。最ッ高にいい質問だよ。だからこそ——答えを渡したら、その問いは死ぬ。お前の書に載らねえ。お前は『ふーん』つって明日には棚にしまう。……この問いはな、ノボ。そういう扱いをしていい問いじゃ、ねえんだわ」
「————」
「もうすぐだ」
Aは、屋根の縁で、こっちに背を向けたまま言った。
「門が開く。お前らは登る。その先で——嫌でも分かる。俺の口からじゃなく、お前の目で。それが、この問いの正しい死に方だ」
立ち去りかけた、その時だった。
Aが屋根の縁に手をついた。その手が——袖から出た、手の甲が——月明かり、いや、鉱脈の明かりに、一瞬、晒された。
白かった。
日焼けしてない白さじゃない。
書のページの端が掠れるときの、あの白さで——手の甲の皮膚が、一筋、欠けてた。
「————A。あんた、その手」
「w」
Aは、袖を直して、笑った。
笑って、完璧な間で身を翻し——屋根の縁で、盛大に、滑った。
ずべしゃ、と音がした。
「…………」
「……見たか」
「見た」
「忘れろ」
「掠れのせいか」
「足元のせいだ!! 掠れは関係ねえ!!」
今度こそ、闇に消えた。
……あの男も、コケるらしい。
妙な話だが——それを見たら、少しだけ、眠れる気がした。
俺は屋根の上に一人残されて、さっきの白を、目の裏で何度も再生した。
あの欠け方を、俺は知ってる。
毎晩、自分の書で、見てるからだ。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。……手の話は、するな。w




