第44話「五人だった場所」
ヴェラの穴は、埋まらなかった。
戦術の話を、まずしよう。彼女の抜けた前衛の間合いは、俺とガルドで分担してる。回るには、回る。ただ、彼女なら半歩で済ませた場面を、俺たちは三歩で処理してる。三歩ぶんの消耗が、毎戦、積もる。
戦術の話は、以上だ。
戦術じゃない方の穴の話を、する。
ガルドは、怒りっぽくなった。魔獣にじゃない。自分にだ。訓練で自分の見切りが甘いと、岩を殴る。「ヴェラ殿なら」が口癖になりかけて、本人がそれに気づいて、口をつぐむ。行き場のない何かが、あの大きな身体の中で、暴れてた。
ミナは、逆に、静かになった。回復の腕は落ちてない。落ちてないのに、術のあとで、時々、自分の掌を見てる。ある夜、聞こえた。独り言が。「……私が、もっと、ちゃんとしてたら」——お前のせいじゃない、と言いかけて、やめた。言葉で消える種類の呟きじゃないことくらい、俺にも分かるようになってた。
ヴァーノは——ヴァーノだけが、正面から来た。
「なあ、大将」
夜番で二人になった時だった。
「あんた、追いかけなくてよかったのか」
「……彼女の判断は、正しい」
「正しさの話なんか、してねえよ」
静かな声だった。三節の男の、正直の声。
「僕はさ、余白にしか本音を書けなかった男だ。だから分かるんだよ。あんた、あの朝からずっと、本文に何も書いてない顔してる。……ヴェラさんのこと、書に書いたか? 事実の一行じゃなくてさ。あんたの、本音の方」
「————」
「……書けよ。誰も読まねえよ。読むのは、明日のあんただけだ」
その夜、俺は書を開いて、ペンを持って、長いこと、止まってた。
書けたのは、一行だった。
——引き留める言葉を、俺は持ってなかった。
それが本音のどこまでを掬えてるのか、分からなかった。ただ、書いた行の下の余白が、いつもより、広く見えた。
◇
異変は、その数日後から始まった。
眠れなくなった。
奈落の夜、天幕に入って、目を閉じて——落ちない。眠りが、来ない。
一晩なら、ただの不眠だ。だが二晩続いて、俺は気づいた。これは、まずい種類のやつだ。
眠れないということは——戻れないということだ。
向こうの朝に。六畳の、あの部屋に。カーテンと、封筒と、役所の帰り道に。再建の途中の、あの世界に。
三晩目、天幕の外で、Aの声がした。
「……寝れねえのか」
「ああ」
「そうか」
それだけだった。いつもなら、ここに「w」が付く。今夜は、付かなかった。
Aは、焚き火に薪を一本足して、火の番を、黙って代わった。
フードの奥が、何を見てたのかは、分からなかった。ただ、去り際に、独り言みたいな声がした。
「……扉ってのはな。両側から、開けとかねえと、閉まるんだよ」
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。眠りってのは、二つの世界の扉だ。──軽く見るな。今夜は、ちゃんと閉店しろ。




