第39話「現実で一歩、奈落で一里」
翌日の昼、俺は玄関の封筒の山の前に、座り込んだ。
作戦は、あっちで無数にやってきた型と同じだ。呪印は、小さい印から。一気にやろうとした奴から、死ぬ。
だから、今日は「開けるだけ」にする。払わない。電話もしない。返済計画も立てない。ただ、全部開けて、机に並べて、数字を書き出す。それだけ。それ以上は、今日はやらない。やらないと決めてあると、手が動く。
一通目。封を切る。数字。書き出す。
二通目。数字。書き出す。
手が震えたのは、最初の三通だけだった。四通目からは、作業になった。作業になれば、俺は強い。それだけは、どっちの世界でも同じだった。
全部で、二十七通あった。
机の上に、数字が並んだ。合計を、出した。
……でかいな。
正直な感想が、それだった。絶望より先に、でかいな、が来た。たぶん、ずっと見ないでいた間、頭の中の数字はもっと化け物に育ってたんだ。実物は——でかい。でかいが、化け物じゃなかった。桁が、数えられる。数えられるものは、削れる。
俺は書き出した数字の横に、一行足した。
——総量、確定。視界、良好。
◇
その夜、奈落で目が覚めた。
野営地の様子が、おかしかった。ガルドが岩壁の前で仁王立ちして、ヴァーノが地図を広げたまま固まってる。
「おい、大将! 起きたか! 見ろ、これ!」
岩壁が——開いてた。
昨日まで、ただの行き止まりだった壁。最上層の門への迂回路を塞いでた大岩盤に、人が通れる亀裂が、走ってた。
「夜中にな、音がしたのだ。地鳴りかと思うたら、これよ」
「地図にない亀裂だぞ。昨日までなかった道が、一晩で……大将、こんな定石あるか?」
なかった。少なくとも、引き出しには。
ただ——俺には、一つだけ、心当たりがあった。
昨日、こっちの俺は何もしてない。寝てただけだ。
何かをしたのは、向こうの俺だ。二十七通の封を切って、総量を確定させた。見ないでいた場所を、見た。
それと同じ夜に、閉じてた壁が、開いた。
……まさかな。
まさか、と思いながら、俺は亀裂の前に立った。風が、向こうから流れてくる。新しい道の匂いがした。
検証しよう。仮説はこうだ——現実で一歩進むと、奈落の地図が広がる。
馬鹿げてる。馬鹿げてるが、俺の人生は最近ずっと馬鹿げてるので、検証する価値はある。
◇
現実の朝。
二十七通の中に、一通だけ、金融じゃない封筒があった。
差出人は、役所だった。
開くと、事務的な文面の下に、相談窓口の案内が載ってた。支払いの困難、生活の立て直し、その他——「まずはご相談ください」と。
……相談。
そんな窓口が、あるのか。この街に。ずっと。
俺は案内を、机の真ん中に置いた。呪印の、次に小さい印の場所に。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。見ないでいる数字は、頭の中で勝手に育つ。──実物は、育たない。紙の上の数字は、書いた大きさのままだ。




