第38話「二つの朝」
俺の一日は、二回ある。
そう認めてしまえば、あとは検証だ。俺は——どっちの俺かはもう聞くな、両方だ——ルールの洗い出しを始めた。
ルール一。眠ると、切り替わる。
六畳で眠れば、岩の底で目が覚める。奈落で眠れば、黄ばんだ天井の下で目が覚める。例外は、今のところ、ない。
ルール二。身体は共有していないが、疲れは少し漏れる。
奈落で無茶をした翌日は、六畳の朝が重い。逆もある。六畳で夜更かしをすれば、ノボの動きが鈍る。完全に別の身体で、完全に別ではない。
ルール三。そして、これが一番の問題だが——
こっちの俺は、あっちの俺ほど、強くない。
定石の引き出しは、こっちでも開く。開くのに、身体が乗らない。「朝日を浴びろ」と引き出しは言う。カーテンが、重い。「記録をつけろ」と言う。ペンが、遠い。奈落で岩を三つ動かした男と、六畳でカーテンが開けられない男は、同一人物だ。それを、俺は今、身をもって検証している。
◇
午後、スマホの充電が切れかけて、仕方なく起きた。
充電器を挿すついでに、画面を見た。通知の山。支払いの枠。その下に、ずっと下に——トークの画面が、あった。
開くつもりは、なかった。指が勝手に動くのは、こっちの世界でも同じらしい。
一番上に、一件。
最後のやり取りは、一年以上前で止まってた。向こうからの最後の文面は、短かった。
『体、大事にしてね』
俺の返信は、ない。
既読だけが、ついてる。
名前を、見た。見て、すぐ画面を伏せた。心臓が、嫌な速さで打ってた。
……ヴェラ、という名前では、もちろん、なかった。でも俺は知ってる。あっちの世界で、正確な間合いで隣にいて、全部を見抜いて、去っていった人の——こっちでの、顔と、声と、最後の言葉を。
あなたといると、私が消える。
『体、大事にしてね』
同じことを、言ってたんだな。二回とも、俺は、返せなかった。
◇
夕方、腹が減って、外に出た。
玄関で、靴箱の上の封筒の山が、雪崩れた。
拾おうとして、しゃがんで——差出人の名前たちが、目に入った。金融の名前。金融の名前。通信の名前。金融の名前。
手が、止まった。
これだ。
こっちの世界の、魔獣の巣は。
俺は封筒を拾って、山に戻して、逃げるように外に出た。討伐は、今日じゃない。今日じゃないが——巣の場所は、確認した。
それだけでも、書に書く価値はある。あっちの俺なら、そう言うはずだ。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。……いや、今週はこの挨拶、妙な気分だなw まあいい。──敵の巣の場所を確認するのも、立派な偵察だ。




