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第4話「ガルド、吠える」


 転がり落ちてきたのは、鎧だった。


 正確には、鎧を着た大男だった。岩肌を三回跳ねて、俺の水場の手前で大の字に止まった。普通なら死んでる落ち方だが、大男はガバッと起き上がった。頑丈すぎる。


 「──貴様が、噂の軟弱者か!」


 開口一番それだった。歳は俺より上か。顔に古傷、拳は岩みたいに固そうで、傷だらけ。短く刈った髪は、鋼みたいな、青みがかった色をしてた。——鋼鉄が服を着て怒鳴ってる。それが第一印象だった。


 「噂?」


 「上の層まで聞こえておるわ! 最下層に、魔獣から逃げ回って岩を上げ下げするだけの腰抜けが住み着いたとな!」


 リグがそっと目を逸らした。おい。出どころお前か。


 「儂はガルド! 見ての通りの戦士だ! 貴様のような小賢しい戦い方は、儂が最も唾棄するものよ!」


 「はあ」


 「戦いとは! 魂と魂のぶつかり合い! 逃げの一手で勝ちを拾うなど、冒険者の風上にも置けん! さあ、正々堂々、儂と勝負しろ!」


 声がでかい。岩壁に反響して二倍でかい。


 俺は少し考えて、答えた。


 「断る」


 「なにィ!?」


 「あんたと戦って、俺に何の得がある」


 「と、得!? 誇りの話をしておるのだ!」


 「誇りじゃ腹は膨れない」俺は水汲みに戻った。「戦いたいなら、先に行けよ。この先の通路、洞鬼が出る。あんた好みの、真っ向勝負のでかいやつだ」


 ガルドの眉がぴくりと動いた。


 「……ほう。洞鬼。上等ではないか」


 「ああ、ただし忠告だ。洞鬼と打ち合うな。あれは最初の三撃が──」


 「戦う前から敵の講釈だと!? それが軟弱と言うのだ!!」


 聞きゃしない。大男は鼻息も荒く、通路の奥へずんずん歩いて行った。


 リグが不安そうにこっちを見た。


 「……いいのか、行かせて」


 「止まる男に見えたか?」


 「見えない」


 「だろ」


 だから俺は、忠告の続きを言う代わりに、ロープと石と、松明代わりの光る苔を袋に詰め始めた。


 Aが岩の上から、にやにやと見下ろしていた。


 「助けに行く準備じゃんw」


 「……偵察だ」


 ◇


 洞鬼というのは、岩の洞に住む大鬼だ。背丈は人の倍。腕は丸太。そして、これが肝心なところだが──あれの膂力は「最初の三撃」に全部乗っている。


 寝起きの獣が全力で暴れるのと同じだ。三撃目までは岩をも砕く。だが四撃目から、目に見えて鈍る。息が上がる。定石は単純。三撃、避けろ。話はそれからだ。


 打ち合っていいのは、四撃目から。


 ……というのを、あの大男は聞かずに行った。


 案の定だった。


 俺が追いついた時、ガルドは洞の壁際まで吹っ飛ばされていた。一撃目を、真正面から受けたらしい。盾は割れ、鎧はひしゃげ、それでも立っていた。立ってるのが異常な状態で、立っていた。


 「ぬ、ぐ……おおおおまだだァ!」


 二撃目が来る。


 まだ二撃目だ。受けたら死ぬ。


 「ガルド! 三数えるまで避けろ!!」


 「戦いの最中に指図する、なァ!!」


 「死ぬぞ!!」


 「戦士は退かん!!」


 ──ああもう。


 頑張り方しか、知らないのか。あんたは。


 俺は袋から光る苔を掴み出して、洞鬼の顔面に投げつけた。暗所の獣に、光の塊。洞鬼がのけぞり、二撃目が逸れて岩壁を砕く。


 「ガルド! 避けるのが嫌なら、こう考えろ!」


 「なにィ!?」


 「三撃避けるのは逃げじゃない! 敵の一番強い技を、真正面から見切る修行だ!!」


 でたらめだ。でたらめだが、大男の目の色が変わった。


 「──見切り、だと」


 「そうだ! 目を逸らさず、三撃、完璧に見切ってみせろ! できるか!?」


 「愚問ォ!!」


 二撃目の返し。ガルドが、初めて避けた。紙一重。避けたというより、見切った。三撃目、丸太の腕が唸る。ガルドは半歩だけ動いて、風圧の中でそれを見送った。


 そして──四撃目。


 明らかに、遅い。


 「今だ! 打ち合っていいのは今から!!」


 「おおおおおおッ!!」


 岩みたいな拳が、鈍った丸太を打ち砕いた。そこから先は、ガルドの独壇場だった。魂と魂のぶつかり合い(片方はもう魂が売り切れてたが)の末に——洞鬼は、地響きを立てて、洞の奥へ逃げ帰った。


 「「————————」」


 一拍の、沈黙。


 それから、ガルドが吠えた。天井が震えるかという声量で。


 「退けたぞォォォ!!」


 「————ああ!!」


 つられて、俺も声が出てた。おかしい。手順通りの結果のはずなのに、洞の空気が、一気に軽い。さっきまで死の詰まってた空間で、男二人が、意味もなく笑ってた。あの丸太の三撃を、逃げずに、目で勝った。……なるほど。これが、あの大男の言う「魂」の側の味か。


 悪くなかった。書には載せにくい味だったが。


 ◇


 帰り道、ガルドは一言も喋らなかった。


 水場に着いて、リグに傷の手当てをされて、粥を三杯食った。


 ちなみに三杯目は、俺の分だった。抗議はしなかった。あの食いっぷりを見てると、なんでか、腹が立たない。損した気もしない。不思議な現象なので、一応、書に書いておいた。検証予定は、ない。


 飯の後、ガルドが焚き火で乾し肉を炙り始めた。「炙りは戦士の嗜みよ」だそうだ。脂の落ちる音と匂いにリグが釣られて寄ってきて、俺も寄って、気づいたら三人で火を囲んで、炙っては食い、どうでもいい話をしてた。洞鬼の丸太は左右どっちが速いか(左だ)。リグの故郷の炙り作法(岩塩を先に炙るらしい。試した。うまかった)。俺のキノコ炙り三段活用(ガルドが試して「三段目! 三段目が良いぞ!」と、キノコ相手に本気で吠えた)。


 結論の出る話は、一つもなかった。……いい夜だった。


 それからようやく、大男は絞り出すように言った。


 「……貴様の、あの三撃の講釈。あれを先に聞いておれば、盾は割れなかった」


 「そうだな」


 「だが、聞いておれば、儂はあの見切りを掴めなかった」


 「……そうかもな」


 「よって、貸し借りは半々だ!」大男は勝手に結論した。「半分の借りを返すまで、儂は貴様に同行する! 良いな!」


 良いなも何も、決定事項らしかった。リグが「賑やかになるなあ」と他人事みたいに笑った。お前もまだいるのか。


 その夜、ガルドは焚き火の前で、ふと真顔になって言った。


 「……時にノボとやら。貴様のあの戦い方、どこの流派だ」


 「流派?」


 「儂は上層で、一度だけ見たことがある。──敵を倒さずに、敵の"手順"だけを崩して勝つ男を。フードを被った、顔の見えん男だった」


 焚き火が、ぱちりと爆ぜた。


 俺は、いつもの岩の上を見た。


 今夜に限って、Aはいなかった。


 ……代わりというわけでもないが、寝る前に、リグが焚き火に薪を一本、多めに足した。「夜のどこかで、誰かがこの明かりを見つけるかもしれんだろ」だそうだ。誰も来なかった。無駄になった薪だ。——ならなかった気も、するが。


ーーーーぼうけんのしょーーーー


 本日の記録

 ・洞鬼、撃退(討伐はガルド)

 ・でかいのが増えた

 ・貸し借りは半々、らしい


ーーーーーーーーーーーーーー



※現実世界の諸君へ。根性は資源だ。使いどころを間違えると枯れる。──今日のお前の根性、どこに使った?


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