第35話「奈落の一等星」
「話」は、翌日に延びた。
最上層への門の開放日が、急に告知されたからだ。門は月に数日しか開かない。今夜を逃せば、次はひと月先。街中の隊が一斉に動き出し、俺たちも準備に呑まれ、ヴェラは「……また、今度でいい」と言った。
また今度。
その言葉を、俺は疑いもせずに受け取った。
◇
門の手前、最後の野営地は、星が見えることで有名だった。
天井の岩盤に、光る鉱脈が無数に走ってて、見上げると、夜空にしか見えない。奈落の星空。まがい物だと分かってても、みんな、ここで一晩を過ごしたがる。
俺たちも、火を囲んだ。
明日、門を越える。越えれば最上層——地上まで、あと一区画。最下層の岩陰から数えて、気の遠くなる高さを、この五人で登ってきた。
「——のう。上に出たら、貴様ら、何をする」
言い出したのは、ガルドだった。
「儂は決めておる。地上の武闘大会に出る。奈落帰りの見切りが、地上の強者にどこまで通じるか——考えるだけで、拳が鳴るわ」
「脳筋の夢で安心したわw 僕はね、店を出す」
「店お?」
「地図と、攻略情報の店。三節の魔術師でも、知ってることは売れるからな。……あと、返す物が、そこそこあるんでね。まっとうに稼ぐさ」
ヴァーノの声は、軽かった。前とは違う軽さだった。中身の入った軽さ、というものが、あるらしい。
「ミナは?」
「わ、私ですか!? 私は、その——みんなの、役に立てるように」
言いかけて、ミナは、自分で止まった。
袖を、掴みかけた手が、止まって、下りた。
「……ちがう。えっと。……花を、育てたいです」
「花?」
「地上の花を。ここに来てから、市場の切り花しか知らないので。土から育てて、咲くところを、最初から最後まで見たいです。……誰かのためじゃなくて。私が、見たいから」
言い切って、ミナは真っ赤になった。
誰も、笑わなかった。ガルドが「良い夢だ」と大真面目に頷き、ヴァーノが「開店祝いに一鉢くれよな」と言い、ミナはもっと赤くなった。
「ノボは」
ヴェラの声だった。
「あなたは、上に出たら、何がしたいの」
来た。
ミナの花屋の前の夜から、ずっと開けっ放しの、空の棚。俺はもう一度、そこを覗いた。何か入ってろ。頼む。武闘大会でも、店でも、花でもいい。何か——
「……考えたことが、ない」
火が、爆ぜた。
誰も、笑わなかった。さっきとは違う意味で、誰も、笑えなかった。
ガルドが何か言いかけて、やめた。ヴァーノが空を見た。ミナが、泣きそうな顔で俺を見て、それを隠すみたいに、火に薪を足した。
俺は、まがい物の星空を見上げた。
綺麗だった。綺麗だということは、分かった。
みんなが星を見ていた。
——ヴェラだけが、星を見ていなかった。
彼女は火の向こうから、ずっと、俺を見ていた。何かを、最終確認するみたいな目で。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「上がったら何する?」に答えがない登りは、な。──登り自体が、住処になってるんだ。




