第34話「すれ違いの定石はない」
ヴェラの様子が、硬い。
気づいたのは、三日前だ。連携は完璧なままだ。剣は正確で、判断は速く、報告は簡潔。仕事の面では、何一つ変わってない。
変わったのは、仕事の外だ。
宴で、彼女は早く席を立つようになった。夜番の交代のとき、以前は二言三言あった会話が、「代わる」「ああ」だけになった。目が合う回数が、減った。正確に言えば、俺が見たとき、彼女はもう別の場所を見てる。
——原因を、特定する。
俺は、いつも通り、そこから始めた。
仮説一、体調。観察の限り、食事量・動きのキレともに変化なし。ミナの回復を受けた形跡もなし。棄却。
仮説二、戦闘配置への不満。ここ十日の配置を書で見直す。彼女の消耗は適正範囲、見せ場の配分も偏りなし。棄却。
仮説三、報酬配分。五等分、明朗会計。棄却。
仮説四……仮説四が、出てこなかった。
体調でも、配置でも、金でもないなら、何だ。魔獣なら、ここで図鑑を引ける。呪印なら、印の数を数えられる。だが人の心の不調には、観測できる印が浮かばない。俺の攻略は、観測から始まる。観測できないものの前で、俺は——ただの、役立たずだった。
◇
「——で、貴様はさっきから、何をぶつぶつ唸っておるのだ」
夜、焚き火の番で一緒になったガルドが、呆れ顔で言った。
「……ヴェラの様子が硬い。原因の特定を試みてる。三つ仮説を棄却した」
「仮説」ガルドは、鼻を鳴らした。「貴様、あれか。ヴェラ殿を、洞鬼か何かだと思っておるのか」
「攻略対象としての精度で言えば、洞鬼の方がずっと楽だ」
「であろうな! 洞鬼は三撃避ければ済むからな! はっはっは!」
笑い事じゃない。
ガルドはひとしきり笑ってから、焚き火に薪を足して、あっさり言った。
「——飯でも食わせろ」
「……は?」
「儂の故郷ではな、話が拗れたら、まず飯だ。うまい飯を挟むと、人間、七割方どうにかなる。残りの三割は」
「三割は?」
「飯のあとに、どうにかする」
雑すぎる。雑すぎるが——俺の三つの仮説より、なぜか、まともに聞こえた。
翌日の夕方、俺は街で一番うまいと評判の店の席を、五つ、取った。理由は「連戦の慰労」とした。嘘じゃない。全部は言ってないだけだ。
飯は、うまかった。ガルドが三人前食い、ヴァーノの軽口が冴え、ミナが笑い転げ、卓は温かかった。ヴェラも、笑ってた。硬さが、三割くらい、解けて見えた。ガルドの定石、恐るべしだ。
店を出て、宿への角を曲がったところで。
「ノボ」
ヴェラが、足を止めた。
他の三人が先に行くのを、目で見送ってから、彼女は俺に向き直った。
解けたと思った硬さが、そこには、そのまま残ってた。飯で解けたのは三割で——残りの七割が、今、俺の前に立ってた。
「——少し、話せる?」
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「少し話せる?」の「少し」が、少しだった例しはない。──逃げるなよ。




