第33話「完成」
上層の残る難所が、次々に落ちた。
〈鏡岩の迷宮〉、踏破。反射で方向感覚を奪う迷宮に、ヴァーノの地図と俺の糸目印。半日。
〈牙嵐の峡谷〉、突破。ガルドの見切りが群れの突進を割り、ヴェラが割れ目を縫って頭目だけを落とす。損害なし。
〈嘆きの吊り橋〉、無効化。橋の魔獣は、ミナの守りの光の中では、そもそも仕掛けてこなかった。
依頼は途切れず、報酬は積み上がり、俺の書は過去最速で分厚くなり、パーティの名は上層の全域に轟いた。最下層から来た五人。白紙病に勝った男の隊。
俺は、完璧に機能していた。
索敵、判断、采配、教練、記録。全部が噛み合って、全部が回ってた。宴の誘いは全部受けた。輪の中心の席に座り、注がれる水を受け、生還の礼を等しく受け取り、正しい言葉を正しい場面で返した。
完璧に、機能していた。
◇
その日の宴の帰り、ミナと二人になった。
夜道。ミナは、花屋の店先で足を止めて、明日の卓に飾る花を選んでた。この街に来てから、それが彼女の日課になってた。
「ノボさん」
花を選びながら、前を向いたまま、ミナが言った。
「ノボさんは——何が欲しくて、ここまで来たんですか?」
「……ん?」
「最下層から、ここまで。魔獣を倒して、定石を教えて、白紙病に勝って。すごい速さで、登ってきて。……その、ずっと聞きたかったんです。ノボさんは、何が、欲しいんですか」
簡単な質問の、はずだった。
「……上に、出口があるから」
「出口の先に、何が?」
花屋の軒灯が、じじ、と鳴った。
俺は、口を開けた。
何か、あるはずだった。出口の先に。地上。空。それから——それから、何だ。地上に出て、空を見て、それで俺は、何を。
引き出しを、開けた。
空だった。
黒獣のときとは違う空き方だった。あのときは「怖いものの正体」が入ってなかった。今度は——「欲しいもの」の欄が、棚ごと、なかった。
「…………」
「……ごめんなさい! 変なこと聞いて! あの、これ、黄色いのと白いの、どっちがいいと思います!?」
ミナが、慌てて話を変えた。優しい子だ。俺は「白」と答えた。答えられる質問には、即答できるんだ、俺は。
宿への帰り道、ミナの一歩後ろを歩きながら、俺はずっと、空っぽの棚を見てた。
上層は、もうすぐ終わる。
最上層への門は、目と鼻の先だ。
登り切った男が、そこで何を欲しがればいいのか——誰の書にも、書いてなかった。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「何が欲しい?」に即答できるか、たまに点検しろ。──強さより先に、そっちが錆びる。




