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幕間「岩球と、鍋」


 中継街には、年に一度の祭事がある。


 〈岩球大会〉——岩の球を木の棒でかっ飛ばし、走り、岩陣を踏んで戻る、伝統の球技だ。ルールは口伝で、口伝のたびに増えて、今や誰も全容を知らない。審判は最長老。今年の最長老は、うちの宿の爺さんだった。嫌な予感しかしなかった。


 「出るぞ!!」とガルドが言い、「賞品、肉の塊一年分だってよ」とヴァーノが言い、ヴェラが「……肉」と反応し(この人、肉には反応する)、俺たちは出た。


 ◇


 初戦から、荒れた。


 ガルドの一打目が、岩球ごと外野の岩壁を粉砕した。場外——かと思いきや、爺さんの判定は「岩壁の修理費と相殺でアウトじゃ」。そんなルールがあるのか。あるらしい。口伝だから。


 ヴァーノは実況に回った。誰も頼んでない。「さあ四番、剛腕ガルド! 通算成績、場外二本、壁の弁償二件!」実況が正確で余計に酷い。


 ヴェラは、怖かった。


 三打席、三回とも、敵陣のまったく同じ一点に、寸分違わず球を落とした。守備が三回、同じ場所で球を拾った。三回目、敵チームの捕り手が「もうそこに立っときますね……」と半泣きで言った。


 俺は、戦略に徹した。転がしの定石。走者を進める最小の一打。手堅く、確実に、点を——


 「「「「つまんねーぞ先生ーーー!!」」」」


 観客席から大ブーイングが来た。おかしい。勝ってるのに。効率的なのに。……そうか、祭りって、そういうものじゃないのか。次の打席、生まれて初めて、フルスイングというものをした。


 当たらなかった。かすりもしなかった。身体が一回転して、砂埃が立って、被ってた布が飛んだ。


 観客が、今日一番、沸いた。


 「「「うおおおおお!!」」」「先生が振ったぞ!!」「今の全力だろ!!」「もう一回! もう一回!」


 解せん。完全に解せん。……解せんのだが——身体の芯に、妙な熱が残ってた。当てにいかない一振りの、あの、空を切る音。悪くなかった。二打席目も振った。空振った。沸いた。三振して戻るとき、俺は、なんでか少し、笑ってた。


 ベンチに戻ると、ヴェラが、実に妙な顔でこっちを見てた。


 「……合理的じゃないわね、今の」


 「ああ。転がした方が確実だった」


 「ええ。確実だったでしょうね。————でも」


 彼女は、少しだけ笑って、前を向いた。


 「——悪くなかったわ。今のの方が」


 合理の女がそれを言うのか、と思ったが、口には出さなかった。出したら訂正されそうだったから。


 決勝の最終回、代打はミナだった。


 ミナは目をつぶって振った。球には、どこからどう見ても、当たってなかった。


 「————ホームランじゃ」


 爺さんが宣言した。


 「「「「え!?」」」」


 「風で球が曲がっての。ミナ嬢の棒の起こした風での。つまり実質、打ったのと同じじゃ。口伝第八百二条」


 今作ったろその条文。敵チームが抗議し、観客が笑い転げた。


 ミナは「わ、私、打ちました……?」と誰より混乱したまま、歩き出した。一つ目の岩陣で、まだ首を傾げてた。二つ目で、観客の「ミーナ! ミーナ!」の大合唱に気づいて、耳まで真っ赤になった。三つ目で——笑い出した。両手を振って、跳ねるみたいに走り出した。そして最後は、本塁の岩陣めがけて、両足で、ぴょん、と跳んだ。着地と同時に、大歓声。


 優勝した。実質。


 あの子のあんな全力の顔は、初めて見た。書いた。「ミナ、実質ホームラン。ジャンプで本塁」。誰の役にも立たない、最高の一行だった。


 ◇


 夜は、賞品の肉で、鍋になった。


 宿の裏庭に大鍋を出して、湯気の向こうに、全員の顔があった。


 鍋というのは、妙な装置だ。同じ鍋をつつくと、人は、普段言わないことを言う。


 ヴェラが、鼻歌を歌ってた。肉を待ちながら、小さく。——壊滅的に、音を外してた。あの正確の権化が。全員が聞こえないふりをする中、ガルドだけが「良い歌だな! 何の歌だ!」と真正面から聞き、ヴェラが「……西の子守唄よ」と答え、少しだけ、母親の話をした。剣を最初にくれた人の話を。初めて聞く話だった。


 そのガルドは、鍋の菜を見て、ぽつりと言った。「これは、ヒメノカンザシじゃな。故郷では春の菜だ」——花と草の名に、この男は異様に詳しい。聞けば、母君が花師だったという。「拳の名より、花の名を先に覚えた」と笑った。傷だらけの拳の男が。


 ヴァーノは果実水で酔った気になる男で(酒は入ってない)、酔った気になると、正直になる。「僕さあ……店やったらさあ……最初の客には、地図、タダであげようと思うんだよね……僕、最初の街で、地図買う金なくてさあ……三日、迷ったから……」。翌朝には覚えてない類の正直だった。全員、書に書いておいた。


 ミナは、鍋の締めの雑炊を、限界まで頬張った。頬張りすぎて、口が塞がったまま何かを主張し始め、誰にも通じず、ヴェラに背中を叩かれ、飲み込んで、開口一番こう言った。


 「————おかわり、あります?」


 大物になるぞ、この子は。


 俺は、鍋の湯気の向こうの、そのぜんぶを、見てた。……いや。今日は、見てるだけじゃなかったな。フルスイングも、空振りも、雑炊の三杯目も、ちゃんと、輪の中でやった。


 あ、一個だけ書き忘れてた。宴の途中、酔った他所の隊が絡んできて、卓を蹴りかけた場面があった。ガルドが腰を浮かせ、ヴェラの手が柄にかかった、その時——


 「————座りなさい」


 爺さんが、皿を拭きながら、そう言っただけだった。声も張ってない。なのに、絡んできた五人が、全員、座った。ガルドも座った。俺も、なぜか座った。


 「……今の、何?」とヴェラが小声で言い、「分からん。検証不能だ」と俺は答えた。検証不能なものが、この世にはある。粥のうまさとか、あれとか。


 書に書く今日の分が、戦果ゼロで、こんなに長い日は、初めてだった。



先輩冒険者Aのメモ

※現実世界の諸君へ。効率の悪い一日を、たまには全力でやれ。──フルスイングの空振りはな、記録に残らんが、記憶には残るんだわ。

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