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第28話「正しさが負ける日」


 ひと月で、聖印は街を呑んだ。


 講習の受講者が、目に見えて減った。広場で五十人いた席が、二十になり、十になった。代わりに、街の胸元という胸元で、あの鈍い金属が光るようになった。


 そして——発症は、止まってなかった。


 俺は記録を付け続けてた。この一月の白紙病の発症、七件。うち、聖印所持者、五件。


 五件だ。印は、何も防いでいない。


 俺はその記録を清書して、広場に立った。数字を、事実だけを、順を追って示した。感情は挟まなかった。挟む必要がないほど、数字は明白だった。


 「——以上だ。聖印に、白紙病を防ぐ効果は確認できない。銀貨三枚は、観測の手間と仲間との時間に回してくれ。それが、俺の言える全部だ」


 静まり返った広場で、最初に上がった声は、こうだった。


 「……あんた、それでも人間か」


 女だった。胸元に聖印。目に、涙。


 「ラドが消えたのは、印のせいじゃない! 着け方が悪かったの! サルヴァ様もそう仰った! なのにあんたは、あの人の死をっ、数字にして、並べて……!」


 「そうだそうだ!」「先生とか呼ばれて調子に乗るな!」「サルヴァ様は、儂らが怖い夜に、話を聞いてくださった! あんたは数字の話しかせん!」「あの方を悪く言うな!!」


 広場が、敵意で満ちた。


 俺の数字は、正しかった。


 正しかったのに、届く先から、冷たさに変換されて跳ね返ってきた。


 俺は、生まれて初めて、攻略を「保留」にした。石段を降りて、広場を後にした。背中に、罵声が刺さった。一番深く刺さったのは、罵声じゃなくて——さっきの女の、涙の方だった。


 石畳の上で、足が一瞬、歩き方を忘れた。


 数字は正しい。手順も正しい。示し方も間違えてない。——正しさを全部積んで、結果がこれなら、俺が最下層から積んできたものは、この世界の何割に通用するんだ? 岩は、正しく持てば上がった。魔獣は、定石で退けられた。人の、怖い夜だけが——俺のやり方の、完全に外にあった。


 世界の広さを思い知る、というのは、こういう味らしい。苦いというより——寒かった。


 ◇


 「よう。ボロ負けだってなw」


 宿の屋根。Aは、今夜もいた。


 「……笑えよ。数字で殴って、涙で殴り返された」


 「なあ、ノボ。あいつら——馬鹿に見えるか?」


 俺は、広場の顔ぶれを思い出した。息子に印を持たせた母親。眠れるようになったと言った男。ラドを亡くした女。


 「……いや」


 「だろ?w」


 Aは、屋根の縁で、足をぶらぶらさせた。


 「怖い夜にな、数字は隣に座ってくんねえんだよ。あの男は、座るんだ。——お前が今夜考えるべきは、あの男の倒し方じゃねえよ」


 「じゃあ、何だ」


 「……なんで、お前の正しさは、隣に座れなかったのか。だろ」



先輩冒険者Aのメモ

※現実世界の諸君へ。正しい事を言って嫌われた夜は、正しさを疑うな。──届け方だけ、疑え。


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