第27話「救いを売る男」
男は、サルヴァと名乗った。
「私はね、先生。あなたの敵ではないんですよ。むしろ同志だ。この街を白紙病の恐怖から救いたい——目的は同じです」
聖印、というらしい。身につけた者を白紙病から守る、古代の加護の印。実績は、と聞くと、男は待ってましたの顔で証言者を連れてきた。
「この印を頂いてから三月、掠れが一つも出ていません!」
「私は五月です! 先生の講習も受けましたが、正直、毎日の観測は辛くて……印なら、着けてるだけでいい」
「息子に持たせています。あの子が消えるかもと思うと、夜も眠れなかった。今は、眠れます」
嘘をついてる顔は、一人もいなかった。
全員、本気で救われた顔をしてた。
俺は聖印を一つ、手に取って、検分した。作りは丁寧だ。材質は普通の合金。刻印は古代文字風だが、定石の壁で見たどの文字体系とも違う——つまり、それらしく作った飾りだ。
「……サルヴァさん。一つ聞くが」
「なんなりと」
「この印、効果の検証は? 着けた者と着けない者で、発症率の比較は」
「先生」
サルヴァは、悲しそうな顔をした。悲しそうな顔も、彫ってあるみたいに綺麗だった。
「病に怯える人の前で、比較実験の話をなさるんですか? 片方の群には印を渡さず、消えるのを待つ——それを、あなたはやれと?」
……上手い。
検証の要求を、冷酷さに変換された。
「効果はね、先生。使った方々の実感が証明しています。三月掠れが出ていない。五月出ていない。眠れるようになった。——これ以上の何が要ります?」
掠れの平均発生率からすれば、三月出ないのは印がなくても普通に起きる。眠れるようになったのは印の効果じゃなく安心の効果だ。こいつが売ってるのは防護じゃない——「消えなかった気がする」だ。
分かる。構造は、全部分かる。
だが、証明ができない。
◇
「なあ大将……あれ、僕も一個買っといた方がいいかな」
帰り道、ヴァーノが言った。冗談の声じゃなかった。
「……お前」
「いや、分かってるよ? 大将の言う通り、眉唾だ。けどさ、ほら、僕、掠れとか出たら困るし? 値段も銀貨三枚だろ? 効かなくても損は三枚で済むし、もし効くなら——」
「ヴァーノ」
俺は、足を止めた。
「その『もし効くなら』が、あいつの商品だ」
ヴァーノは、ばつが悪そうに頭を掻いて、それきり黙った。買わなかった。今回は。
夜。宿の前に、サルヴァが立っていた。
待っていたらしい。俺だけを。
「先生。昼間は失礼しました。あなたのような検証の方と、私は争いたくない。……ですので、一つだけ、ご忠告を」
男は笑顔のまま、声だけを、すっと下げた。
「——検証できないものは、否定もできませんよねえ?」
それだけ言って、サルヴァは夜の街に消えた。
俺は、その場にしばらく立っていた。
あの男は、俺の武器の急所を、初対面の一日で正確に撃ち抜いていった。
……厄介なのは、あの男を「ただの詐欺師」の棚に、素直に入れられないことだった。証言者たちの救われた顔は、本物だった。眠れなかった母親は、現に、眠れてる。あの男の売る偽物は、偽物のくせに、誰かの本物の夜を一つ、確かに越えさせてる。——俺の本物は、まだ誰の夜も、あんな顔にさせたことが、ない。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「効かなくても損は少ない」って買い方、あれな。──損してるのは金じゃなくて、判断の癖の方だ。




