第25話「分散保存」
「いいか、お前ら。俺は思いついた」
朝の卓で俺がそう切り出すと、全員が嫌な予感の顔をした。失敬な。
「俺の書は、また消える。爺さんの話じゃ、白紙病は繰り返す。周期は分からんが、来る前提で組む。——で、だ。消えない場所に書けばいい」
「消えない場所?」
「お前らの書だ」
俺は卓に、割り振り表を広げた。
ガルドには戦闘定石の全部。ミナには回復と薬草の全部。ヴァーノには地図と地形の全部。俺が消えるたび、お前らから写し戻す。俺の蓄積を、三冊に分けて置く。
「──つまり、お前らが俺のバックアップだ」
沈黙が、あった。
それから、ヴァーノが噴き出した。
「バックアップて。おま、人をなんだと」
「嫌か」
「嫌なわけあるか。……大将の頭ん中を預かれって話だろ、それ。冒険者に対する信用として、これ以上のもんがあるかよ」
ガルドが胸を叩いた。「儂の書は硬いぞ。何度でも写しに来い」ミナは割り振り表を胸に抱えて、「私、字、綺麗に書きます」と真剣な顔で言った。そこじゃない。でも、ありがとう。
……と、流そうとしたら、ヴァーノが、妙に静かな声で続けた。
「なあ大将。あんた、今、自分がどういう頼み方したか分かってる? ——『俺はまた消える。そのとき、俺を覚えててくれ』って言ったんだぜ、それ」
「————」
「俺たちを、命綱にしたんだよ。あの、何でも一人で完結してた大将が」ヴァーノは、にっと笑った。「光栄だねえ、って話よ」
ガルドが、うむ、と深く頷いた。ミナが、割り振り表を抱えたまま、目の縁を赤くしてた。
喉の奥が、少し、詰まった。手順は何も出てこなかったが、今回は、出てこなくていい気がした。
「……頼む」
もう一回だけ、言った。二回目の「頼む」は、一回目より、ちゃんと、頼む形をしてた。
教える作業は、その日から始まった。
妙なことが起きた。教えると、教えた側の俺の理解も深くなる。ガルドに戦闘定石を説明するために言葉を磨くと、定石そのものの解像度が上がる。三人の書が育ち、俺の頭も研がれる。分散保存は、ただの保険のつもりだったのに、パーティ全体の底上げになった。
◇
夜。焚き火の後片付けをしていたら、ヴェラと二人になった。
彼女は、火の始末をしながら、世間話の温度で言った。
「割り振り表、見たわ」
「ああ。ヴェラにも何か——」
「私の名前、なかったわね」
手が、止まった。
そうだ。なかった。作ってる時、彼女の欄を作らなかった。意図してじゃない。考えて、外したんでもない。最初から——選択肢に、浮かばなかった。
「……あんたは」
言葉を、探した。
「あんたは、俺がいなくても大丈夫だろ。ガルドは定石がないと突っ込む。ミナは自己評価が壊れてる。ヴァーノは……あれだ。でもあんたは完成してる。俺の荷物を背負わせる必要が」
「そう。合理的ね」
ヴェラは、火の始末を終えて、立ち上がった。
「おやすみ、ノボ」
声は、いつも通りだった。
ただ——歩き去る間際、彼女の手が、一度だけ、自分の書の表紙を撫でたのを、見た。誰の定石も預けられていない、彼女の書を。
いつも通りすぎて——俺は、自分が今、何かを間違えた気がした。どこをどう間違えたのか、引き出しのどこにも、載っていなかった。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「あいつは大丈夫」って外した奴の顔、思い浮かべてみろ。──大丈夫かどうか、聞いたことあるか?




