第20話「ヴェラの距離」
街の依頼で、二日の護衛に出た。帰りの野営で、夜番の順が俺とヴェラで重なった。
焚き火。二人。他の三人の寝息。
こういう夜に限って、火はよく爆ぜる。
「……聞かないのね」
先に口を開いたのは、ヴェラだった。
「何を」
「私のこと。どこから来たとか。なんで一人だったのかとか。普通、二ヶ月も組んでれば聞くものよ」
「話したくなったら話すだろ、と思ってた」
「そういうところよ」
ヴェラは小さく笑った。責める響きじゃなかった。
それから、火を見たまま、ぽつりと話し始めた。
「──昔、全部を預けた相手がいたの」
剣も、金も、判断も、居場所も。その人がいれば大丈夫だと思って、ひとつずつ手放して、気づいたら、自分の足で立つ機能を全部その人に置いてた。
「で、その人が沈んだ」
どこに、とは言わなかった。俺も聞かなかった。この世界で「沈む」場所を、俺たちはもう知ってる。
「一緒に沈みかけて、爪の先だけで岸に残って——それから決めたの。境界線を引ける人間になるって。誰かに寄りかからない。誰かを私に寄りかからせすぎない。自分の剣は自分で研ぐ。それが、私の定石」
「……正しいと思う」
「でしょうね。あなたはそう言うと思った」
ヴェラはこっちを見た。焚き火が金の髪で揺れた。
「あなたのそば、楽なのよ」
「楽?」
「ええ。あなたは寄りかかってこない。詮索しない。境界線を踏まない。私が半歩引けば、正確に半歩の距離を保つ。──あなたのそばは、静かで楽ね」
彼女はそう言って、少し笑って、夜番を代わった。
俺は一人になった焚き火の前で、その言葉を反芻した。
静かで楽。
悪い言葉じゃない。褒め言葉だ、たぶん。彼女の定石から見れば、最上級の。
なのに、なんでだろうな。
火の爆ぜる音の合間に、その言葉は、妙に——手応えのない場所に落ちた。俺が石を投げても、すり抜ける何かに、少しだけ似た落ち方で。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「一緒にいて楽」には二種類ある。──満ちてる楽と、何も置いてない部屋の楽だ。




