第16話「攻略講義・装備編」
拠点集落で、装備の整備日を取った。
俺の装備は、四つしかない。
短剣が一本。ロープが一巻き。水筒。それと、投擲用の石を選んで入れる革袋。以上だ。
そのかわり、全部に手を入れてある。短剣は毎晩研ぐ。刃こぼれ一つない。ロープは端のほつれを焼き締めて、握りの位置に印を編み込んである。水筒の栓は自分で削り直した。革袋の縫い目は、二重にした。
「……大将のそれ、いつ見ても地味だよなあ」
整備台の向こうで、ヴァーノが言った。彼の前には、例の宝石付きの杖と、金糸のローブが広げてある。
「宝石三つの杖に言われてもな」
「ふっ、分かってないな。装備ってのは名刺なんだよ。相手が僕を見た瞬間、『おっ、こいつはやる』と思わせたら、戦いの半分は終わってる」
「その杖、最後に磨いたのはいつだ」
「…………」
「石の台座、二つ緩んでるぞ。詠唱の振りで飛ぶ。あと柄の革、手汗で滑る状態だ」
ヴァーノは杖を持ち上げて、しげしげと見た。たぶん、初めて「見た」んだと思う。ずっと「見せて」きた杖を。
「装備は三つで選べ。性能。手入れのしやすさ。それと——逃げるときの、重さ」
「逃げる前提かよ!?」
「生きて帰る前提だ」
俺は研ぎ終えた短剣を、布で拭いた。
「いいか。装備ってのは、毎晩、自分に聞いてくるんだ。お前は明日も生きる気があるか、って。手入れってのは、その返事だ」
言ってから、少し喋りすぎたと思った。ヴァーノが妙な顔でこっちを見てた。
「……大将さ。その哲学、誰に習った?」
「分からん」
「だろうな、って言うとこだぞ、ここw」
真似すんな。
◇
その整備日、一番変わったのはガルドだった。
「ノボよ。……この肩当て、要ると思うか」
「要らないな。あんたの回避は半歩の見切り型に変わった。肩の装甲より、初速だ」
「であるか」
ガルドは肩当てを外した。籠手の装飾板も外した。兜の角飾りを外すときだけ、三分ほど固まってたが、外した。
軽くなった鎧を着て、大男は二、三度、跳んだ。
「──ふ、はは! 軽い! 儂は今、風だぞ!」
風ではない。が、いい顔だった。
ヴェラが自分の剣を整備しながら、その様子を横目で見て、俺にだけ聞こえる声で言った。
「あなたの装備の話。性能と、手入れと、逃げるときの重さ」
「ああ」
「四つ目があるでしょ、本当は」
「……四つ目?」
「どんなに切り詰めても、これだけは、いいものを使う——って基準。あなたの短剣、性能で選んだにしては、柄の意匠が丁寧すぎる」
答えなかった。
答えられなかった、が正しい。なんでこの短剣なのか、自分でも知らないからだ。ただ、これじゃなきゃ駄目な気がする。安物で済む場面でも、これの手入れを欠かすと、自分の中の何かが欠ける気がする。
「……さあな。癖だろ」
「そう」
ヴェラは、それ以上聞かなかった。
代わりに、自分の剣を、俺にだけ見える角度で少し掲げて——柄頭を、指で示した。
よく見ると、柄巻きの結び目が、実用には要らない、丁寧すぎる仕事をしてた。
「……あんたもか」
「さあ。癖よ」
真似すんな。……いや、どっちが先とも、限らないのか。
夜、ヴァーノが珍しく一人で杖を磨いてた。台座の緩みを、不器用に締め直しながら。
「……なあ、大将よ。恥ずかしくないのか? その格好」
「恥って、何に対しての?」
ヴァーノの手が、止まった。
長いこと止まって、それから、答えずに杖磨きに戻った。
磨く手つきだけが、さっきより丁寧になっていた。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。物を手入れするってのは、明日も生きる気だと自分に返事することだ。──靴、磨いとけ。




