第13話「ヴェラ」
その岩橋は、地図の空白地帯にあった。
深い裂け目に渡された、天然の細い橋。渡りきった先で、戦闘の音がした。
剣戟。それも、綺麗な音だ。乱戦の濁りがない。一定のリズムで、鉄と甲殻が噛み合ってる。
橋の先の岩場で、女が一人、戦っていた。
相手は鎌尾蜥蜴が三匹。中層の厄介どころだ。尾の鎌が速い。三匹同時なら、俺でも迂回を選ぶ。
女は、迂回していなかった。
三匹の攻撃線が重ならない位置を、半歩ずつの移動だけで維持し続けてる。金色の髪が振り向きざまに肩を滑って、その動きにすら無駄がなかった。
——綺麗だ、と思った。
戦闘を見て「強い」より先に「綺麗」が来たのは初めてで、自分の語彙に、少し驚いた。そういう剣だった。斬るのは、三匹の呼吸がずれた一瞬だけ。一撃、一匹。
「……おお」ガルドが唸った。「見事なもんだ」
「加勢します!?」
「いや」俺は手で制した。「あれは、完成してる。割り込む方が邪魔だ」
最後の一匹が崩れるのを見届けてから、俺たちは岩場に降りた。
女は剣の血を払い、こっちを一瞥した。警戒はある。敵意はない。測ってる目だった。
「……見てたなら、加勢すればよかったのに」
「あんたの間合いに、四人分の足音を入れる方が危ないと判断した」
女の眉が、わずかに動いた。
「三匹の攻撃線をずらす立ち回りだったろ。半歩の管理で成立してる型だ。他人が入ったら半歩が死ぬ」
「…………」
女は剣を納めて、初めて、まともにこっちを見た。
「合理的ね」
褒め言葉、なんだと思う。たぶん。
名はヴェラといった。単独で中層を踏破してきた剣士で、目的地はうちと同じ、上層への大階段。道中の魔獣の巣を考えれば、共闘に利がある——という判断を、彼女は三十秒で下した。速い。そして正確だった。
◇
共闘は、初日から噛み合った。
驚いたのは俺の方だ。ヴェラは、指示を出す前に動く。俺が「次はああ動いてくれ」と考えた場所に、考え終わる前にいる。
「……なんで今、右に展開した」
「あなたが右を見たから。あなたは打つ手を決めてから、盤面をもう一度見る癖がある。視線の先が、次の手」
こっちが読まれてた。
「……人を観測するのは、俺の仕事のはずなんだがな」
「あら。私が先に始めた、とでも?」
焚き火越しに、目が合った。観測者が、観測者を観測してる——妙な二秒だった。先に逸らした方が負けな気がして、どっちも逸らさなくて、結局ガルドの「飯だぞォ!」で引き分けになった。
……なんだったんだ、今の勝負は。
夜、野営の火を挟んで、ヴェラは自分の装備の手入れをしていた。俺も自分のを並べて、砥石を出す。しばらく、金属と石の音だけが続いた。
「あなた、強いのね」
「まあ」
「定石とやらも、本物。仲間の使い方も、正確。装備の手入れも、丁寧」
「どうも」
ヴェラは手を止めずに、同じ平坦さで続けた。
「──で、いつからそんなに空っぽなの?」
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。強くなるのと、埋まるのは、別の作業だ。──今日はどっちをやった?




