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第11話「黒い魔獣(前編)」


 最初に気づいたのは、飯の時だった。


 その夜の飯は、キノコ格付け大会だった。俺が三週間かけて編み出した「炙り三段活用」を、ヴァーノが鼻で笑い、光術で表面だけ焼く新手法を実演した。悔しいことに、うまかった。ガルドは「強い焼きから食えば全部うまい」という雑にも程がある結論で三人前を平らげ、ミナが「わ、私、胞子の多い軸のところが、好きです……」と衝撃の告白をして、全員が静かに引いた。


 ——と、いう夜だった。


 視界の端。焚き火の光が届くか届かないかの岩陰に、何かが、いた。


 「──敵だ」


 俺は立ち上がった。ガルドが即座に得物を掴む。ヴァーノが杖を構え、ミナが下がる。完璧な反応。三秒で戦闘態勢。


 「どこだ!」


 「あの岩陰。左の」


 「…………どこだ?」


 ガルドが目を凝らした。ヴァーノも。ミナも。


 三人とも、同じ顔をした。何もいませんが、という顔を。


 いる。


 俺には、見えてる。


 岩陰に、黒い獣が。犬に似て、犬より大きく、輪郭が煙みたいに曖昧なやつが。座ってる。行儀よく。こっちを、じっと見てる。


 「……ノボよ。疲れておるのではないか」


 「そうだぞ大将。ここ数日、飛ばしすぎだ」


 違う。いる。確かにいる。


 俺は例の引き出しを開けようとした。黒い獣。犬型。半透明。図鑑——出てこない。


 名前が、出てこない。


 定石も、出てこない。


 最下層で目覚めてから、初めてだった。引き出しを開けたのに、中が空だったのは。


 ◇


 獣は、何もしてこなかった。


 襲わない。鳴かない。近づきもしない。


 ただ、いる。


 翌日、進軍中もいた。隊列の一番後ろ、俺の視界の端に、距離を保って、ついてくる。振り向くと、いる。指差すと、仲間には見えない。


 「大将、そればっかりだと、そろそろ心配になってくるぞ」


 「ノボさん、お薬、煎じましょうか……?」


 病人扱いが始まった。当然だと思う。俺が逆の立場でも、そうする。


 だから俺は、口をつぐんだ。見えても、言わないことにした。


 言わないことにしたら——獣との距離が、一歩、縮んだ。


 ◇


 夜番の時間だった。


 全員が寝静まって、焚き火と、俺と、それから岩陰のあれだけが起きていた。


 俺は試しに、声をかけてみた。


 「……おい。お前、何が目的だ」


 獣は、答えなかった。


 代わりに、初めて、立ち上がった。


 音もなく、焚き火の光の縁まで歩いてきて、座り直した。近い。三歩の距離。それでも輪郭は煙のままで、目だけが——目のあるべき場所の窪みだけが、深かった。


 俺は動けなかった。恐怖とは、少し違う。もっと嫌な感じだった。初対面のはずなのに、こいつの間合いを、俺の身体が知ってる。


 獣が、口を開けた。


 声が、した。


 「──おまえ、なんで生きてるの?」


 俺の声だった。



先輩冒険者Aのメモ

(この夜のメモは、ない)

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