第10話「ミナ、拾われる」
「きゃああああああ————!!」
悲鳴は、上の通路から降ってきた。若い、女の子の声だった。
駆けつけた先で見たのは、岩甲虫の群れに囲まれた小さな影だった。少女だ。杖を抱えて、岩の窪みにうずくまってる。
「儂が行く!」
「待て、正面はだめだ。岩甲虫は──」
聞く前に行った。学ばないな、あの男。
仕方ない。定石は後回しだ。俺は投石で一番手前の甲虫の触角を狙い、ヴァーノに光の目眩ましを撃たせ、ガルドの突進の道を空けた。
乱戦になった。
数が多い。ガルドの正面は保ってるが、側面から二匹、抜けた。少女の窪みへ一直線——間に合わない。
「ヴァーノ!! 大光明、今出せるか!!」
「あれ一日一発の切り札だぞ!? こんな序盤で!?」
「ここが使いどころだ!!」
「————ふっ、いいだろう!」
杖の宝石が三つ同時に瞬いて、目も開けてられない白光が、空洞を焼いた。甲虫の群れが一斉にひっくり返る。……あるんじゃないか、切り札。
「言っとくけど今日はもう出ないからね!? 大事に戦ってよね!?」
知ってる。だから今、使わせた。
甲虫の突進がガルドの脛を掠める。鎧の隙間から血。深くはないが、浅くもない。
──はずだった。
「ぬ?」
ガルドが自分の脛を見た。
塞がってた。
今しがた切れたはずの傷が、湯気みたいな淡い光を立てて、閉じていく。
「……なんだ、こりゃ」
分からん。分からんが、今は使わせてもらう。傷を恐れなくていい前衛は、単純に三割強い。ガルドが暴れ、ヴァーノが吠え、俺が退路を刻んで、甲虫の群れは五分で崩れた。
◇
「あ、あの、ありがとう、ございました……!」
少女は、深々と頭を下げた。下げすぎて杖を落とした。拾おうとして、もう一回下げた。忙しい。
名前はミナというらしい。回復支援の術者で、パーティとはぐれて三日、一人で彷徨っていたと。
「あんた、さっきの治癒、大したもんだ」
「え?」
「ガルドの脛。それとヴァーノの掌の擦り傷。戦闘中に二件、塞いだろ」
「い、いえ!? 私、何も」
ミナは本気で首を振った。袖の端を、ぎゅっと掴みながら。
「私は何もしてません。皆さんが、お強かっただけで」
一瞬——腹の底で、何かが、ちり、と焦げた。
苛立ち、に近い何かだった。おかしい。この娘は命の恩人に礼を言ってる最中で、苛立つ要素なんか一つもない。なのに、あの言い方が——「私は何もしてません」の、あの手慣れた言い方が、なんでか、癇に障った。
……なんだ、今の。
分からないまま、しまった。
「……ふむ」
嘘をついてる顔じゃなかった。本気で、そう思ってる顔だった。
俺はガルドの塞がった脛を見て、それからミナを見た。この娘の周りでは、傷が勝手に閉じる。本人だけが、それを知らない。
「ミナ。行く当てはあるのか」
「え、えっと……ないです。パーティのみんなが、どこに行ったか……」
「なら、うちに来い。回復役が要る」
「か、回復!? 私なんかで、いいんですか?」
「私なんか、の性能は今見た。文句なしだ」
ミナは、袖を掴んだまま、しばらく固まって。
それから、蚊の鳴くような声で「……はい」と言った。
◇
パーティが四人になった夜。
焚き火を囲んで、ミナは自分のぼうけんのしょを開いて、今日の記録をつけていた。真面目な字で、丁寧に。
それを何気なく覗いたヴァーノが、妙な顔をした。
「……なあ、お嬢ちゃん。ちょっといいか」
「は、はい?」
「お前の書さ」
ヴァーノは、書のページを指でなぞった。
「──手柄が、全部他人の名前で書いてあるぞ」
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。「自分なんか」って言葉、便利だよな。──性能の話を一回もせずに済むもんな。




