↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/111

第97話「目覚め」


 目が、覚めた。


 天井が、あった。黄ばんだクロスの、雨漏りの染みの、あの天井。


 六畳。万年床。カーテンの隙間の、朝の光。


 俺は、しばらく、動かずに、天井を見てた。


 胸の上に——岩は、なかった。


 起き上がる。立てた。……よし。


 書を——百円のノートを、開いた。奈落の記録は、載ってない。あっちの書は、あっちで綴じられた。こっちにあるのは、こっちの記録だけだ。カーテン、開けた。封筒、二通処理。三行、出せた。……こっちはこっちで、ちゃんと、積んであった。


 最後のページに、俺の筆跡で、俺の書いてない一行は——


 なかった。


 もう、届かない。二冊は、一冊になったから。書き手も、一人になったから。


 代わりに、と言っていいのか。胸の奥に、あの軽い気配だけは、残ってた。日向みたいなやつが。夢だったのか、と聞きかけて、やめた。答えの分かってる問いは、あいつの家賃にならない。


 ◇


 それからの日々を、早送りで書く。


 役所に、通った。返済の組み直しが、正式に回り始めた。二十七の数字は、月々の一つの数字に、刻み直された。


 仕事が、決まった。倉庫の、通いの口だ。日雇いで顔を覚えられてた現場からの、声がかかった。「あんた、地味だけど手順がいいから」だと。地味だけど手順がいい。墓碑銘(ぼひめい)にしてもいいくらいの、いい評価だった。


 最初の給料日に、シャツを一枚だけ、ちゃんとしたのを買った。安物を三枚じゃなく、いいのを一枚。手入れして、長く着る。……旗は、洗って干しとく主義なんだ。誰に教わったのかは、もう言わない。


 母には、月に一度、手紙を書いてる。三行が、五行になり、今は、十行くらい書ける。会ってはいない。会わないままで、続いてる。それが、うちの定石だ。


 窓辺に、鉢を置いた。ミナの種は——持って帰れなかった。物は、越境できない仕様らしい。だから、こっちで買った。似た花の種を。気持ちの仕様として。芽は、もう出てる。


 夜は、眠る。


 普通に、眠る。目を閉じて、朝まで、どこにも行かずに。


 最初のひと月は、それが、一番きつかった。



(空白)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。