↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/111

第96話「地上」


 地上は——朝だった。


 それ以外に、言いようがなかった。空。本物の、天井のない空。朝日。風。草の匂い。遠くに、山の稜線と、人の住む街の煙。


 ミナが、泣きながら笑ってた。ヴァーノが、大の字に倒れて空を見てた。ガルドが、朝日に向かって、意味もなく雄叫びを上げてた。意味がなくていい雄叫びを、初めて聞いた。


 俺は、立って、朝日を見てた。


 妙に、静かな心だった。


 最強の力は、手放した。三冊分の技も、黒牌の格も、この身体ごと、もうすぐ置いていく。丸腰もいいところだ。なのに、怖くない。……ああ、そうか。分かった。


 俺はもう、強さを「持ってる」側じゃないんだ。


 書に、なったからだ。百人の書に書かれて、消された版を綴じて、自分の名前が書そのものだった男。書は、強いか弱いかじゃない。——在るか、無いかだ。そして在る書は、読まれる限り、消えない。


 持つものが何もなくて、こんなに落ち着いてる朝は、生まれて初めてだった。


 ……眠い。


 来てる。砂時計の最後の砂が、落ち始めてる。この朝日を見届けたら——俺は、こっちの俺を、閉じる。


 「————ノボさん」


 ミナが、俺の前に立った。ガルドが。ヴァーノが。


 別れの言葉は、実は、もう全部、済んでた。種も貰った。呪印も刻まれた。剣の打ち直しの約束も、三行の定石も。だから最後は、短かった。


 「儂の書に、貴様は永住しておる。——家賃は、要らん」


 「開店したら、一号客の席、空けとくわ。……来れねえの、知ってるけどな。空けとくのが、俺の流儀になったんだよ。誰かさんのせいで」


 「ノボさん。——いってらっしゃい」


 いってらっしゃい。


 行ってきます、で返せる別れにしてくれたのか。最後まで、翻訳の上手い連中だった。


 「————ああ。行ってくる」


 俺は、朝日に向かって、草の上に、横になった。


 三人が、見える位置に、座った。看取りじゃない。見送りの座り方で。


 瞼が、落ちていく。


 最後に見えたのは、朝日と、三つの顔と——朝日の逆光の中に、一瞬、四つ目の、金色の髪が見えた気がしたが——それはもう、夢の側だったのかもしれない。


 眠りが、来た。


 深くて、あたたかい、最後のやつが。


(空白)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。