第96話「地上」
地上は——朝だった。
それ以外に、言いようがなかった。空。本物の、天井のない空。朝日。風。草の匂い。遠くに、山の稜線と、人の住む街の煙。
ミナが、泣きながら笑ってた。ヴァーノが、大の字に倒れて空を見てた。ガルドが、朝日に向かって、意味もなく雄叫びを上げてた。意味がなくていい雄叫びを、初めて聞いた。
俺は、立って、朝日を見てた。
妙に、静かな心だった。
最強の力は、手放した。三冊分の技も、黒牌の格も、この身体ごと、もうすぐ置いていく。丸腰もいいところだ。なのに、怖くない。……ああ、そうか。分かった。
俺はもう、強さを「持ってる」側じゃないんだ。
書に、なったからだ。百人の書に書かれて、消された版を綴じて、自分の名前が書そのものだった男。書は、強いか弱いかじゃない。——在るか、無いかだ。そして在る書は、読まれる限り、消えない。
持つものが何もなくて、こんなに落ち着いてる朝は、生まれて初めてだった。
……眠い。
来てる。砂時計の最後の砂が、落ち始めてる。この朝日を見届けたら——俺は、こっちの俺を、閉じる。
「————ノボさん」
ミナが、俺の前に立った。ガルドが。ヴァーノが。
別れの言葉は、実は、もう全部、済んでた。種も貰った。呪印も刻まれた。剣の打ち直しの約束も、三行の定石も。だから最後は、短かった。
「儂の書に、貴様は永住しておる。——家賃は、要らん」
「開店したら、一号客の席、空けとくわ。……来れねえの、知ってるけどな。空けとくのが、俺の流儀になったんだよ。誰かさんのせいで」
「ノボさん。——いってらっしゃい」
いってらっしゃい。
行ってきます、で返せる別れにしてくれたのか。最後まで、翻訳の上手い連中だった。
「————ああ。行ってくる」
俺は、朝日に向かって、草の上に、横になった。
三人が、見える位置に、座った。看取りじゃない。見送りの座り方で。
瞼が、落ちていく。
最後に見えたのは、朝日と、三つの顔と——朝日の逆光の中に、一瞬、四つ目の、金色の髪が見えた気がしたが——それはもう、夢の側だったのかもしれない。
眠りが、来た。
深くて、あたたかい、最後のやつが。
(空白)




