第九話 お嬢様、他人を頼る事も必要で御座います。
アイゼンフェルト子爵家当主、ヴァルター・フォン・アイゼンフェルト様。
当家の主人にして、お嬢様のお父上様。
そのヴァルター様が、数ヶ月に及ぶ辺境遠征から戻られる。
先触れの騎士より齎されたこの報せは、屋敷の者達の気を引き締めるのに十分でした。
午後のおやつの時間、お嬢様のテーブルには半ホールのケーキが手付かずで残っております。
「……そうですか、お父様が戻られるのですね」
お嬢様が何やら元気が有りません。
普段ならホールで食べるケーキも、今日は半分しかお召しになりませんでした。
側仕えの沙織さんも、「あのお嬢様がケーキを残された……」と愕然としております。
様子を見ていても解決し無さそうですので、一つ聞いてみましょう。
「……お嬢様、何か心配事でもお有りですか?」
「――っ。
な、何も御座いませんわ」
……今、明らかに肩が跳ねました。
「……お嬢様、私、セバスチャンは『お嬢様の執事』で、御座います。」
「……わかっていますわ」
そう言いながら、紅茶を一口飲み、部屋から庭を眺めるお嬢様。
……確かに、これでは普通の貴族のご令嬢ですね。
――なんとしたものか……難しいですね。
あれからもお嬢様の様子はおかしく、今朝は剣術の鍛錬を取り止めと致しました。
その日の業務を終えた私は、自室にて考えを整理してみます。
「……ふむ、何かを隠されているのは確実、時期的に考えればお父上、ヴァルター様関連ですが……」
お嬢様とヴァルター様の仲。
……あまり一緒に居る事が無かった故、私には何とも言えないですね。
「お二人の間に距離がある事だけは、確かで御座いますが……」
手元の紙に、お嬢様を中心とした相関図を書き起こします。
過去にヴァルター様には、私からもう少しお嬢様の側にと言った事も有りますが――。
――その時にお聞きした旦那様の目的の為には、仕方の無い事と今は心得ております。
……私の目的とも一致しておりますしね。
「一度、屋敷の者達にも話を聞いてみますか……」
そう決めた私は、それからは趣味の読書に勤しむ事に致しました。
夜の静けさ、紅茶とお気に入りの書……贅沢な時間に、日々のストレスが解けていきます。
「えっと、最近のお嬢様ですか?
そうですね……なんか気品がある気がします」
「そう言えば、最近はお着替えの回数が増えた気がします」
「……セバスチャン様、今度のお休みにお食事でも……」
「旦那様がお戻りになられると、嬉しそうに話されてました」
「最近は、良くお庭に沙織と一緒に居るのを見かけます」
――あれから屋敷の者達に話を聞きましたが、それらの中で引っ掛かりを覚えるのは……。
「着替えが多い、庭に良く居る、旦那様のご帰還は喜ばれていた……。
攻めるべきポイントが見えて来ましたね」
ある程度目処を付けた私は、その日の業務へと戻る事に致します。
「さあ、皆さん準備は宜しいですか?
間も無く旦那様がご帰還されます。
お出迎えに不備があれば、それは我が家の恥となります。
入念に、丁寧に、心を込めたお出迎えに致しましょう」
「「「……はいっ、セバス様!」」」
そう言って、エントランスに並んだ使用人一同が、それぞれの持ち場に散って行きます。
「さて、私も自分の役割を果たさねばですね」
お嬢様の件は気掛かりですが……。
私は、無意識のうちにポケットに入れてある懐中時計をそっと撫でます。
「……今は、目の前の仕事を完璧に熟すのが最優先です」
私は、何とも言えない気持ちのまま、出迎えの準備を進めて行きます。
それから数日、お嬢様の様子は変わらず。
私は日々の仕事に追われていたのですが、ある日、ヴィオレッタ様に呼び出されました。
ある程度は予想していましたが、呼び出された先にお嬢様の姿があった事は、予想外でした。
「……来ましたか。」
食堂の椅子に座って俯くお嬢様を厳しい目で見ていたヴィオレッタ様が、入って来た私を見て口を開きます。
その声と視線に、一瞬だけ息が詰まりますが、意を決して私は尋ねます。
「……何か、有りましたか?」
「……先ずはお座りなさい。
紅茶で宜しいですか?
ラティお嬢様は果実水で宜しいでしょうか?」
「ヴィオレッタ様、その様な事は私が……」
「お呼びしたのは私です。
このくらいはしますわよ?」
「……すみません」
ヴィオレッタ様が給仕をする間、お嬢様はずっと俯いたまま、一言も発しませんでした。
「そろそろ聞いても宜しいでしょうか?」
私は場の空気を読みながら、ヴィオレッタ様に問い掛けます。
ヴィオレッタ様は、チラリとお嬢様へ視線を送ってから、溜息混じりに話し始めました。
「ラティお嬢様ですが、どうやら度々奥様のお部屋に入っているみたいなのです」
「クラウディア様のお部屋にですか?」
「いえ、入っている事自体は全く問題は無いのです。
むしろラティお嬢様はまだ八歳です。
母親が恋しい年頃でしょうし、至って普通の行動だと私も理解します」
ヴィオレッタ様は、お嬢様を気遣う様に見ながら話されます。
「……お嬢様?」
私は、先程から何も話さず、果実水にすら口をつけて居ないお嬢様に声をかけてみます。
しかし、何時もと違い無言のままです。
「ご覧の通り、何も話して下さらないのです」
困った様に言うヴィオレッタ様と二人、眉を顰めます。
……これは、どうしたものでしょう。
「お嬢様、私も、ヴィオレッタ様も、何も怒っておりません。
ただ、心配なのです。
どうか、理由をお聞かせ下さいませんか?」
そう、優しくゆっくりと促してみますが……駄目みたいですね。
「奥様のお部屋に入られた事、何かしら理由があると思います。
私ではお力になれない事やも知れません。
ですが、これは私からのお願いで御座います。
……お嬢様、私でなくても宜しいので、他人を頼って下さい。」
「……そうですよ。
ラティお嬢様、他人を頼る事は悪い事ではありません。
それに――」
心配そうに話すヴィオレッタ様が、次の言葉を話そうとしたその時、お嬢様が勢いよく椅子から立ち上がりました。
「……御免なさい」
そう小さく言うと、びっくりする私達を後目に、お嬢様は逃げる様に食堂から出て行ってしまいました。
――不甲斐ない執事ですね。
――翌朝。
おはよう御座います、セバスチャンです。
私は今、頭を抱えています。
何故ならば……。
――お嬢様が引き籠もりました。




