第八話 お嬢様、それが格というもので御座います。
「よって、罪人の引き渡しを要求するものである。
我が子爵家の怒りに触れる前に、早々に引き渡すが良い」
「そちらの主張はお聞き致しました。
では、お帰りを……」
私は静かにそう伝えます。
「き、貴様ぁっ!
我が子爵家を軽んじるかっ!」
「当家も子爵家。
謂れ無き言葉に付き合う程、当家は暇ではありません。
……お帰りを」
「貴様、使用人の分際で!」
そう唾を飛ばして激昂したバルタザールは、手にした槍を馬上からこちらへ振り下ろして来ます。
溜息一つ、私は穂先に軽く指を添え、円を描く様に動かします。
「……ぐあっ!」
私に向かって振り下ろされた槍は、勢いそのままにバルタザールの手を離れ、明後日の方角に飛んで行きます。
「……保持が甘い!
鍛錬の質の低さが露呈していますね」
「使用人の分際で……。
貴様等、何をしておるか!
この無礼者を引っ立てろ!」
「……やれやれ、今度は他人頼みですか」
背後にいた三人が、それぞれ手にした槍を突き出して来ますが……。
指先で穂先を払う……。
すると――
「「「……ぐあっ!」」」
後は勝手に残り二本を巻き込んで明後日の方角に飛んで行きました。
「……全くもって、なってませんね?
お嬢様、これが基礎を疎かにした結果です。
ちゃんと見ましたか?」
私は、近くの茂みへと話しかけます。
……隠れたつもりでしょうが、頭が茂みから出ておりますよ?
「さ、流石はセバスチャンね?」
今更胸を張っても滑稽なだけなのですが、素直に出て来た事だけは評価しても良いかも知れません。
ただ、自主練をサボった以上、明日のオヤツはきな粉棒一つとします。
あと、お嬢様の横で一緒になって胸を張っている沙織さん?
貴女は何をやっているのですか……。
「……お嬢様は明日のオヤツ抜き、沙織さんは後でヴィオレッタ様に頼んで、使用人としての特別講義を受けて頂きます。
良かったですね、これでメイドとして上に行けますよ?」
私の言葉に、一瞬でこの世の終わりの様な表情を見せるお二人。
これに懲りたら少しは真面目になって下さい。
「貴様等、ふざけておるのかっ!」
未だに馬に乗ったまま、怒りに震えるバルタザールが怒号を発します。
近所迷惑ですので、早く諦めて頂きたいのですが……。
「とりあえず沙織さん、お嬢様を屋敷へ。
ガフさんは済みませんが、門兵の方を屋敷に運んで手当をさせて下さい」
未だ門とバルタザールの間で槍を構えていた門兵をガフさんに委ねます。
稀有な人材です、失ってはその損失は計り知れません。
四人が素直に指示に従うのを確認しながら、私は一旦状況の整理を行います。
まず、バルタザールは未だに馬に乗ったまま、雑兵三人を自分の前に並ばせています。
当家の門は開いたまま、屋敷を守るのは私一人。
……辺りに人の気配はありませんね?
「さて、バルタザールと申しましたか?」
私は問い掛けながら、今着けている白手袋を脱ぎ、それを懐に仕舞うと、近くの生垣から20センチ程の枝を指で切り取ります。
……後でガフさんに謝っておきませんと。
「最後通牒で御座います。
このまま全て忘れて逃げるならば良し。
さもなくば、少々きつめのお仕置きをする事になりますが、宜しいですか?」
私は少しだけ威圧を込めて、目の前の四人を見詰めます。
「そうじゃ、我が炎に焼かれたく無くば、早々に逃げ帰るが良い!」
「我が結界に取り込まれれば最後、最早どこにも逃げ場は無いと心得よ!」
「失態回復の好機、僕も頑張る!」
「「「「……えぇぇぇえっ!」」」」
胸を張る鳥と亀、尻尾全開の子犬。
そして、口をあんぐりと開け驚くバルタザール達――
私は、この状況に思わず額に手を当ててしまいます。
……私、ちゃんと確認しましたよね?
その後、半狂乱となった彼等を追い返すのに、然程時間は掛かりませんでした。
その日の夜。
「……何か、弁明はありますか?」
屋敷の執務室。
そこは、領主に代わり領地運営の実務を担う、セバスチャンの仕事部屋である。
だが……今その部屋では、セバスチャンがヴィオレッタの前で正座をしていた。
「……そのですね。
私もそろそろ良い年だと思いますので、流石に正座は――」
「――何かご不満でも?」
「いえ、何も御座いません。
全て私の不徳の致す所で御座います!」
……あの目の時は逆らってはなりません。
私は、この状況に気恥ずかしさを感じつつも、少しだけ懐かしさを感じています。
――小一時間後。
「――ですので、貴方は昔から――」
――更に時間は経ち。
「せ、先生……お話は充分承りました。
このセバスチャン、この度の事、心より反省致しました。
ですので、そのくらいで――」
「そうですか、ではこのくらいに致しますが……」
私はその言葉に、心から安堵しました。
「……では、次はお嬢様のペット達についてですが――」
――その夜、私はあの三匹に対するお仕置きを楽しみに、痺れる足を摩りながら眠りにつくのでした。
――絶対に許しません。
――数日後。
屋敷は緊張に包まれております。
何故なら、突然旦那様がお帰りになられたからです。
今朝、先触れが到着し、旦那様のご帰還を告げていかれました。
旦那様の帰還、お嬢様もさぞお喜びになられる事でしょう――




