第七話 お嬢様、それは淑女ではありません。
「では、本日はここまでと致します。
明日はダンスの練習を行いますので、ちゃんとドレスを着付けて貰ってから来て下さいね?」
……最悪ですわ。
私はヴィオレッタ先生の言葉に絶望する。
私だって乙女である以上、ヒラヒラでキラキラなドレスは見ていて楽しいし、自分が着れるなら尚の事楽しいですわ。
……問題は、ドレスの下に着るコルセットなのですわ。
何故、あんな拷問を受けなければならないのか、疑問を通り越して、最早怒りが湧いて来ますわ。
なのでこの間、私自慢の腹筋で成敗してやりましたのに、セバスチャンが鋼鉄製のコルセットなんて物を用意して来るとは思いませんでした。
しかも名前が……セバスチャンって、子供みたいな所がありますわ。
そんな事を考えていると、メイドの沙織がニコニコと話しかけて来ましたわ。
「お嬢様、お疲れ様で御座います。
本日は日和も良いので、お庭にてお茶のご用意をさせて頂きました。」
「……ケーキ?
それともクッキー?」
ここはとても重要な局面ですわ。
このラティ・フォン・アイゼンフェルト、一歩も引く気は御座いませんわ!
「お嬢様のお好きな、セバスチャン様特製のチーズケーキで御座います。」
「すぐに行きますわよっ!」
セバスチャンのチーズケーキと聞いた私は、一目散に窓から庭に飛び降り、東屋へと飛ぶ様に走る。
途中、近道の為に塀を越えて全力で飛び、再び屋敷内に戻る。
その際、何か柔らかい物を踏んだ気もしますが、些末な事ですわ。
――数分後。
「――お嬢様、淑女たる者……聞いてませんね?」
私がお茶の準備をしていた所、淑女にあるまじき速度で走って来たお嬢様に、淑女とはどういうものかを懇々と説いていたのですが、とうのお嬢様はと言いますと……完全にケーキしか目に入っていないご様子です。
「……はぁ、仕方ありませんね。
お嬢様、お座り下さい。」
私は、これ以上は無駄にしかならないと判断します。
叱るにも叱り時がありますし、何より自分の作った物をここまで喜んで頂けるのは、悪い気がしません。
「……宜しいのですか?」
「……お茶は楽しく頂くものですので」
珍しいものを見たと言わんばかりの表情をした沙織さんが尋ねて来ますが、私は仕方ないという表情を作って答えます。
「セバスチャンのチーズケーキは最高ですわっ!」
満面の笑みを浮かべて、そう宣言するお嬢様のフォークが止まりません。
……既にホールで消えています。
「お嬢様?
流石に食べ過ぎでは……」
私の言葉に、お嬢様は得意気に言いました。
「だって、とても美味しい幸せの味がするんですもの!」
そう言って笑うお嬢様の顔を見ていると、不意に胸の奥が僅かに熱を帯びる。
――それは
『……セバス、貴方は知っているかしら?
このケーキはね……幸せの味がするのよ?』
……お嬢様の姿が、遠い記憶を呼び起こします。
遠く、暖かい……陽だまりの記憶……。
――クラウディアさま
「……セバスチャン?」
ふと気付くと、お嬢様が不思議そうに私の顔を見ておりました。
「何かありましたの?」
「……いえ、少しだけこの陽気に当てられただけで御座います」
「セバスチャンも若くはないのです、疲れたのでしょう。
……そうですわ!
私、良い事を思い付きましたわ」
「……では、そろそろ歴史の授業のお時間で御座いますので……沙織さん、お嬢様を」
何か碌でもない事の匂いを察した私は、沙織さんに視線を送ります。
察した沙織さんがお嬢様を促す間に、そのやるであろう碌でもない事の予想と対策を考えます。
「畏まりました。
……さぁ、お嬢様」
「だから、私、良い事を!」
「はい、それは授業の後でセバスチャン様の許可を得てやりましょうね?」
渋るお嬢様を上手く誘導して屋敷に戻って行く沙織さんを見て、その成長を感じます。
「さて、どうしたものでしょうね」
それから数日後、お嬢様の剣術の相手を務めていた時でした。
屋敷の門の辺りで何やら騒ぎが起きたらしく、庭師のガフさんが慌てた様子で報告に来ました。
「セバスチャンさん、門に騎士が来とります」
「はて……来客ならば、門兵が取り継ぐ筈ですが?」
慌てた様子と発言内容に首を傾げます。
「それが、騎士と門兵の間で小競り合いが起きているんでさぁ!」
「……それは由々しき事態ですね」
私は胸の内ポケットから眼鏡を取り出すと、それをかけながらそう呟いた。
数分後、自主練を言い渡したお嬢様を沙織さんに任せ、私は庭師のガフさんと共に正門へと向かいます。
屋敷の正門が見えてくると同時に、何やら大声で騒ぐ一団が見えてきました。
「――我が主人から賜りし兜を、足蹴にした者を出せと言っている!」
何やら馬上の男が、兜を手に持ち騒いでいる模様ですね。
……ふむ、既に一線を越えてますか。
私は、蹲る門兵の一人に視線を向けます。
口元から少し血を流し、腹を押さえて苦しそうにしていますが、手にした槍は馬上の男へと向いている。
……良き兵で御座います。
「……これはどういう事でしょうか?
ここはヴァルター・フォン・アイゼンフェルト子爵家の屋敷です。
我が子爵家に対する狼藉……如何な用向きにて斯様な無体を晒しますか?」
私が、門兵から視線を男へと移すと、男は不満気に馬上から私を指差して述べます。
……他人様を指差すとは、なっていない方ですね。
「我はザック・フォン・ケチノス子爵家が騎士、バルタザールである!
我が従僕が言うに、修理に出した我が兜を運ぶ途中、この屋敷から出て来た者が、我が兜を足蹴にして壊したとの事。」
足蹴にされた程度で壊れる兜ですか。
……ゴミですね。
それに、ケチノス子爵家とは……。
「よって、罪人の引き渡しを要求するものである。
我が子爵家の怒りに触れる前に、早々に引き渡すが良い」
「そちらの主張はお聞き致しました。
では、お帰りを……」




