第六話 お嬢様、君子危うきに近寄らずで御座います。
アイゼンフェルト子爵家筆頭執事、セバスチャンの朝は早い。
未だ薄暗い中起きると、まずは素早く着替えて身嗜みを整える。
出来る男とは余裕がある。
朝番のメイド達に矢継ぎ早に指示を与え、夜番の者達からも報告を受ける。
特に、お嬢様の就寝時間や夜間の動向を確認し、体調管理に役立てる。
それらが終わって初めて、セバスチャンは朝食を取り、朝の散歩も兼ねて裏庭の管理に向かう。
到着したセバスチャンは、目の前に広がる無惨な焼け跡に愕然とした。
「……なん、だ……と」
――昨日まであった裏庭の雑木林は、焼失していた。
時は遡り、深夜。
アイゼンフェルト子爵家の屋敷裏、雑木林の中にある池では、超常の者達によって、今まさにとある公爵家の存亡を賭けた議論が進行していた。
「……処すべきと心得る」
冷えた瞳で断言する鳥。
「……賛同致す」
目を閉じて得心した様に述べる亀。
「でもさ、セバスチャンは無事だよ?」
首を傾げ、不思議そうな子犬。
三匹の内、二匹は怒っていた。
鳥がその翼を広げ語気を強める。
「我等が想い人に手を出した。
……それも人間風情が戯れにぞ?」
亀が首を縦に振り同意する。
「そうだ、許せる訳が無い」
二匹を見ていぬっさんが質問する。
「……でもさ、セバスチャン怒らない?」
「「……」」
いぬっさんの質問に、鳥と亀が動きを止める。
「……まぁ、軽くお仕置きする程度で良かろう」
「そうだな、軽く、あまり騒がれない様にじゃ」
自身の言葉で態度が急変した二匹に、首を傾げる子犬。
「さっきと言ってる事違くない?」
「「子供にはわからぬ」」
「……じゃあ、セバスチャンに聞いてくる」
「「待ていっ!」」
慌てる二匹を尻目に、元気良く駆け出す子犬。
その様子に焦った鳥が叫ぶ。
「蔵六、何とかせいっ!」
「心得たっ!」
亀がそう言うと、淡い緑色の光が雑木林全体を包む。
「我謹製の結界を張った。
これであの子犬はここを出れぬ。
よって、我らは主人には怒られぬよ」
「ようやった、蔵六。
あとはあの若僧を捉えてしまえば、一先ず安泰ぞ」
そう言って子犬の去った方へと飛び立つ鳥。
手入れの行き届いた雑木林を少し飛ぶと、すぐに子犬に追い付いた鳥は、近くの枝にとまって、結界の際で穴を掘る子犬の様子を観察する。
(……蔵六めの結界ぞ?
我ですら正面からは破れぬ結界ぞ?
穴を掘ったくらいで出れる訳あるまいに……)
矢張り子供の浅知恵よと、冷笑気味に見ていた鳥の目の前でそれは起こった。
突然、子犬の体から光が溢れると、子犬が前脚を大きく振りかぶる。
「……えいっ!」
子犬の気の抜けた声と共に振り下ろされた前脚が結界を殴ると、大きな音と共に結界にガラスの様なヒビが入った。
「――ちょおっ!」
目の前の事態に慌てた鳥が翼を振るうと、子犬と結界の間に炎の壁が現れた。
それは周りの木々を巻き込んで、大きく燃え盛っていた。
「うわっ!」
びっくりした子犬が、炎から飛び上がって距離を取ると、鳥が慌てた様子で話しかける。
「非常識にも程があろう!」
「あ、鳥のおばちゃん!」
「なっ!
我、生まれてまだ二年ぞ?
ぴちぴちぎゃるぞ!」
「……お魚じゃないのにぴちぴちしてる?」
「違ったらすまんが……お主、ひょっとしてアホの子かや?」
「僕はセバスチャンのお嫁さんだよ?」
「そ、それは我ぞ!」
「……いいや、我が夫故に諦めよ!」
炎を見て、慌てて転がってきた亀が甲羅から首だけ出して叫ぶ。
「……ならば、今ここで格の違いを教えてやっても良いが?」
「……ふむ、是非も無し」
鳥が挑発し、亀もそれに乗る。
だが、いぬっさんは冷静だった。
「面倒だけど、僕はセバスチャンのお嫁さんだからね、おばちゃん二人にはわかって貰わないとだね」
鳥の目が細く鋭くなる。
亀の甲羅が薄っすらと光を帯びる。
子犬が欠伸をする。
――次の瞬間。
「……おばちゃん、何か焦げ臭い!」
「……鳥のっ!
燃えとる!」
「ぬぅわにぃぃっ!
我の炎がっ!」
――雑木林が延焼していた。
時は戻り、屋敷裏。
「一体全体、何故こんな状態になっているのです?
……まずは、皆さんの安否を……」
私はこの異様な景色の中、池があったであろう場所へと走ります。
流石に、あの三匹がどうにかなっているとは思えませんが、世の中何があるか分かりません。
実際に、こうやって彼女達の住処が灰になったのです。
何らかの脅威があったとみるのが自然でしょう。
お嬢様の安全の為にも、原因の究明は急務と言えるでしょう。
「――みなさん、無事ですか!」
私は池の近くまで急いで到着すると、そこにいるであろう彼女達に向かって叫ぶ。
そして、私の目に飛び込んで来た景色とは……。
「……何をなさっているのですか?」
「「「……」」」
鳥さんが地面に平伏し、亀さんといぬっさんが腹を見せて転がる光景でした。
――話し合いの必要性を認めます。
「何故っ!
何故我が斯様な粗末な小屋などに?」
鳥籠から必死に叫ぶ鳥。
「主殿!
我が甲羅が狭いと嘆いておる!」
小魚用の生簀に嵌って動けない亀。
「セバスチャン!
僕を繋ぎ止めたいからって、実際に首輪と鎖で繋ぐのはやり過ぎだと思う!」
首輪と鎖で庭木に繋がれた子犬。
あれから話し合いという名の弁明をお聞きしましたが、終始お互いに相手が悪いと仰るので、三匹揃って反省して頂く事になりました。
さて、私も執事として些か忙しい身の上です。
何か聞こえますが、一旦放置して次の仕事へと向かいましょう。
裏庭の片付けを、専属の庭師にお願いした後、今度はお嬢様の朝練へと向かいます。
庭の開けた場所へ着くと、既にメイドの沙織と共にお嬢様が待っておいででした。
「おはよう、セバスチャン!
今日も朝から良い天気ですわ!」
「……お嬢様、お待たせしてしまい、すみません。
ちょっと対応が必要な案件が発生しておりました」
「セバスチャンは朝から大変ですわね?」
「いえいえ、既に問題は解決しております。
ただ、これから数日は、屋敷裏には行かない様に願います」
「……わかったわ」
……これはわかっていない顔ですね。
それから数時間後、お嬢様のお昼を無事終え、ヴィオレッタ様へと引き継いだ私は、一時の休息をとる事にします。
自室にて、お気に入りの紅茶を嗜みつつ、過去の有名な時計職人が書いたという専門書を熟読致します。
この作者は専門書なのに、専門用語を使わず、素人でも理解し易い様に配慮している所がとても良いと思います。
開けた窓から午後の陽気に誘われたのか、鳥が一羽入って来ます。
また、亀と子犬も……。
私は無言で三匹をベッドのシーツで纏めて縛ると、そのまま窓から放り投げます。
「……良き天気ですね」
私は一口、紅茶に口を付けると、お嬢様の授業が終わるまで、読書を続ける事に致しました。




