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お嬢様、その正義は許可できません。  作者: 葱市場
一章 お嬢様、それが貴族で御座います。

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第五話 お嬢様、淑女たるもの常に冷静に、で御座います。


「そして……お久しゅう御座います、セバスチャン」


 その一言と共に、私を見て軽く会釈する目の前の女性。

 その所作、声色、そして変わらぬその碧眼……。


「……お、お久し振りに御座います、先生」


「まあ、先生だなんて……」


 私の言葉に笑みを浮かべるヴィオレッタ様。

 だが、その目は細く剣呑な色を浮かべております。

 ――これは不味い。


「……セバス、私はこの場で、その様な返し方を教えた覚えは御座いませんが?」


「す、すみません。

 せんせ……ヴィオレッタ様との再会が余りにも嬉しく、つい昔の呼び方をしてしまいました」


 そう答える私を、眼鏡越しにジッと見詰めるヴィオレッタ様は、暫く私から目を逸らす事は御座いませんでした。


「まあ、そうだったのですね?

 私も、貴方にまた会えて、とても嬉しく思いますよ」


 やっと目の剣呑さが薄まりました。

 

 ――何とか合格点を頂けたみたいですね。

 

 私は内心ホッとすると、改めてせんせ……ヴィオレッタ様を観察する。

 確か今年で58歳になられた筈。

 しかし、その年齢を窺わせるのは、髪に混じった白いものくらいであり、姿勢正しく凛とした佇まいでお嬢様を見ておられます。

 そのヴィオレッタ様が、エレノア様と向き合い話しかけます。


「大奥様にお伺い致しますが、お許し願えますでしょうか?」


「……何かしら?

 遠慮は要らないわ、お話しなさい」


 エレノア様は、その優雅な所作に余裕を含ませた声色で答えます。


「では、許可を得てお伺い致します。

 今この時をもって、ラティお嬢様の教育係という立場で宜しいのでしょうか?」


「それはラティさん次第よ」


「わ、私ですか?」


「当然よ、この先の貴女の人生を決めると言える教育係ですもの……ラティさん、貴女は恵まれているのよ?」


「ラティお嬢様、お答えを……」


 ヴィオレッタ様の問いにと言いますか……完全に場の空気に呑まれたお嬢様が、不安気に目を泳がせています。

 その間に、何度もお嬢様からの視線を感じますが、ここはお嬢様が決めねばなりません。

 私は、口を出したくなる欲求を耐え、お嬢様の決断を待ちます。

 何度目かの逡巡の後、答えが決まったのか、決意を宿した瞳で、ヴィオレッタ様を真っ直ぐに見たまま、お嬢様がその場で立ち上がりました。


「……私は、何もわからない子供ですわ。

 先程も、私の不徳でセバスチャンを失う所でした。

 だからお願い致します、私に貴族と渡り合う知恵を授けて下さい!」


 そう言うと、お嬢様は深々と頭を下げたまま、ヴィオレッタ様からの返事を待ちます。

 その姿を見た私は、己の未熟さを思い知らされ、心の内にてあの方に深い謝意を捧げます。

 ――主人に頭を下げさせてしまった。


「――こちらこそ、至らぬ身にその様に真摯な願いを……さぁ、頭を上げて下さいませ。

 ラティお嬢様の教育係、このヴィオレッタが謹んで拝命致します。

 これより我が身は、お嬢様の教育に捧げます」


「……よ、宜しくお願い致します」


 もう一度、深々と頭を下げるお嬢様を見て、ヴィオレッタ様が目を細めます。

 ……嫌な予感が致します。


「では、まずは一つだけご教授致します。」


 そうお嬢様に笑顔と共に告げたヴィオレッタ様が、エレノア様と向き合い笑顔で話しかけます。


「エレノア様、公爵家夫人としての先程の当家へのご指導、ラティお嬢様も大変感銘を受けております。

 お嬢様は未だ幼く、当家としてもグランディール公爵様の庇護下にて何とか家を繋げております」


「……え、ええ。

 当然、当家としてもアイゼンフェルト子爵家には、寄親として、とても得難い存在だと思っておりますわ」


「誠に有り難きお言葉、当家主人に代わり、厚く御礼申し上げます。

 当家とグランディール公爵家、共に手を取り合い、仲睦まじく歩んで行く事、それが我々の望みで御座います。

 当家の使用人一同、エレノア様が先程セバスチャンへ賜りました御言葉も、若輩へ礼節を諭すための格別なる御配慮と、胸に刻んでおります。

 貴族社会とは、時に言葉一つで命運が決まる世界。

 未だ幼いお嬢様にとって、本日は何よりの勉強となった事でしょう」


「……そ、そうね――ええ、もちろんですわ」


 表情は笑顔、されどヴィオレッタ様の碧眼だけは、一切笑っておりません。

 その視線を真正面から受けるエレノア様は、僅かに頬を引き攣らせておりました。

 狼狽えるエレノア様を見ながら、私の背筋に冷たいものが流れます。

 ――これだから先生は怖い。


「……ヴィオレッタさん、すご……」


 お嬢様、心の声が漏れています。

 まあ、気持ちは良くわかりますが……。


「……ラティお嬢様、ご理解頂けましたか?」


「凄い事だけ、わかりました!」


「……お嬢様……」


「――あはははっ!

 駄目ね、最後まできちんとやるつもりでしたのに……」


 突然笑い出したエレノア様に呆気に取られていた私の裾を、何かが引っ張りました。


「……エレノア様、もう宜しいかと」


 ヴィオレッタ様の言葉をきっかけに、エレノア様は小さく息を吐くと肩の力を抜かれ、目に見えて柔らかい雰囲気を纏う。

 ――お嬢様、これもまた貴族の所作ですよ?


「……そうね。

 ラティさん、今日の一件を改めて、謝罪させて頂くわ。」


「……ふぇっ?」


 二人の柔らかい雰囲気にきょとんとするお嬢様。

 そしてしつこく引っ張られる裾――。


「もう大丈夫ですよ。

 そもそも、私はクラウディア様の親友でしたのよ?」


「……お母様の?」


「ええ、貴女のお母様と、お父様。

 二人を引き合わせたのも、この私です。

 貴女のお父様、ヴァルター様から聞いておりませんの?」


「……えっ?」


 びっくりしたまま固まるお嬢様を見て、とても楽しそうに笑うエレノア様、先程までの言動からは想像すら出来ません。


「お父様とは年に数回しか会えませ――」


 お嬢様がそう答える途中で、エレノア様の鋭い視線が私に刺さります。


「セバスチャンっ!」


「は、はいっ!」


 お嬢様が話を終える前に、エレノア様の怒号が響きました。

 名指しされた私は、その迫力に思わず背筋を伸ばし返事をしてしまいました。


「これは一体どう言う事ですか!

 幼い娘を一人残すだけでも許し難いと言うに……親子が年に数回しか会えないとは……ヴァルターは一体何を考えているのですかっ!」


「エレノア様、これは由々しき事態で御座います。

 早急に動く必要があるかと……」


「ええ、すぐにレオルドに言って、事の真相を正しますわ」


 唖然とするお嬢様と私を置き去りに、次々と指示を出すエレノア様と、それを受けて慌ただしく部屋を出入りするエレノア様のお付きの方々……。


「……セバスチャン」


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


「それ、無視は可哀想ですわ」


 お嬢様が私の足元を指差して眉根を寄せ、非難して来ます。

 ですが、私は慌てず、ゆとりを持ってお答え致します。


「――お嬢様、これも躾で御座います」


 私のズボンの裾を、何故か執拗に噛んで引っ張るいぬっさんを、私は反対の足で押し返して引き離します。


「でも、そろそろ……」


「大丈夫です。

 このズボンとベルトは、冒険者御用達の特別製で御座います。

 オークの一撃でも破れたりは致しません」


「……それって、前にセバスチャンが言っていた、フラグ?って言うやつでは?」


 ――ブチッ

 

「……んっ?」



 


「「セバスチャン!」」


 狼狽える私を尻目に、得意気ないぬっさんとは対照的に、私の心中は荒れておりました。


「いぬっさん、オークより強いんですわねぇ?」


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