第四話 お嬢様、お茶会は淑女の戦場と心得なさいませ。
「あら、そうなのですね?」
「――はい。
故に私は、あの装備こそ公爵様の夫人への愛情と気付き、その素晴らしい愛情をまずは寿いだのですわ」
「……まぁ、貴女は聡明なお嬢さんなのね?」
……私は今、目の前の光景を神に感謝します。
あのお嬢様がっ!
……蛮族と大差ない思考だったあのお嬢様が!
貴族令嬢として、完璧にエレノア様のお相手をしております。
まさか生きている内に、このように素晴らしい光景を見る事が出来ようとは……。
私は、自身の教育方針に間違いが無かった事を神に――。
「――しかしながら、私は思うのです。
装備が良くても技量が足りていないと、意味は無いと」
「……我が家の騎士では、ラティさんのお眼鏡には適わなかったかしら?」
これまで和やかだったエレノア様の目が、お嬢様の一言でスっと細くなっております。
……お嬢様?
何故、余計な一言を?
「いえ、他と比べれば充分だと思いますが、当家のセバスチャンと比べると……」
(――お嬢様ぁぁあっ!
何故毎回毎回、余計な事をっ!)
「……ほう、そうなのですか?」
二人揃って此方を見ておりますが……私は知らぬフリをします。
エレノア様からは、値踏みする様な不躾な視線ではなく、貴族らしい一歩引いた興味を、お嬢様からは……。
何故そんな期待に満ちた視線なのです?
これは、教育方針の見直しをせねばなりませんね。
「……で、どうなのです?」
「……お戯れを」
「セバスチャンは凄いのです!」
「……そんなに素晴らしい腕前ならば是非、一度見てみたいものですが……今回は他ならぬラティさんの重要なお話で来ておりますので、またの機会にとします」
「……残念ですが仕方ありませんわ。
それでエレノア様、私の重要なお話とは?」
「ラティさん、貴女のデピュタントについてですわ」
「……私はまだ八歳ですが?」
「そうですが、アイゼンフェルト子爵家には、奥向きの事を行える立場の者がラティさん、貴女しかおりませんでしょう?
一生に一度きりのデピュタントを、その様な状況で迎えては子爵家の恥。
そしてそれは、寄親である我がグランディール公爵家の恥となります」
「デピュタントは早くても12歳、通常は15歳になった年に行うものですわ。
そうですわよね、セバスチャン?」
「はい、一般的な貴族家ではそれが通例かと」
「なるほど、一応そこの教育はしてあるのですね」
エレノア様が一口、紅茶に口をつける。
その所作の綺麗さに見惚れるお嬢様を一瞥し、エレノア様が私を見据える。
「……セバスチャン、と言いましたか」
「はい、アイゼンフェルト家、筆頭執事をやらせて頂いているセバスチャンと、申します。
グランディール公爵家夫人、エレノア・グランディール様に対し、最大の敬意と共にご挨拶させて頂きます。
また、我が主の非礼、深く謝罪致します」
今更の挨拶ですが、これが身分差というもの。
上位の者から問われるか、主人からの紹介無く声をかけるのはタブーとされております。
よって、お嬢様の対応は――。
「……さて、ラティさん。
今の事一つ取っても、貴女には教育が足りていない事が明らかです。
セバスチャン、これはどう言う事ですか?」
先程まで和かだった雰囲気が、エレノア様の一言で変わる。
お嬢様は困惑し、私とエレノア様の間で視線を泳がせている。
これは、明らかな失態となります。
「申し訳御座いません、全て此方の手落ちで御座います」
「……やはり、殿方はダメですわね。
ここは、貴族家の執事ならば別の形で謝意をお見せなさい。
さもなくば、主の汚点となりますわ。
貴女もですよ、ラティ」
「……あ、ぅ……」
「主の責は、部下の責です。
部下の責をどう処理するのか?
この事一つで、貴女の格が見られます。
……さあ、貴女はどうしますか?」
「えっと、その……私が、作法を間違えたのが悪いのです。
だから、セバスチャンをどうかお許し下さい。」
「……ならば、セバスチャン。
貴方は腹を切りなさい」
エレノア様は、まるで紅茶のお代わりでも頼む様な口調で告げた。
「主人の失態を被る。
それが執事の役目でしょう?」
「そ、そんなっ!
セバスチャンは悪くないです、私が!」
「……畏まりました。」
そう一言だけ言うと、私はお嬢様に優しく微笑んで話しかける。
「お嬢様、今まで有難う御座いました。
私はここでお別れとなりますが、どうか御身大事に健やかにお過ごし下さいませ」
私がそう別れを告げると、お嬢様が視線鋭く私を見て声を荒げます。
「……間違っている!
私は、こんなの認めない!」
親の仇の如くエレノア様を見るお嬢様。
だが、エレノア様は優雅に紅茶を一口飲んでから、ゆっくりと些末事のように述べます。
「そうです、間違っているのですよ。
でも、これが貴族のルールです。
貴族とはルールを守らせる存在です。
ですが、それと同時にルールを使う存在なのですよ。」
その言葉に、納得の行かないお嬢様が叫びます。
「そんなの、ルールではありません!」
お嬢様の、その真っ直ぐな目を見て、エレノア様が溜息を一つつき、その目を真っ直ぐに見返して言い放たれました。
私は何も言えず、ただ――
「ですので、貴女達は貴族を知りなさい。
その為の伝手は、我が公爵家が用意してあります。
ヴィオレッタ、お入りなさい」
エレノア様がそう扉に向けて仰ると、扉横に待機していたメイドがその扉を開けた。
部屋の中に入ってきた人物を見た私は、その人物に驚きを隠せなかった。
眼鏡の似合う痩身の女性。
その髪は長く、後ろで結んでアップにしており、金髪碧眼で、その眼鏡の奥にある目つきは鋭い。
「お呼びで御座いますか、大奥様」
その女性は、完璧な所作で自らの主人へと礼を尽くす。
「ヴィオレッタ、まずは紹介します。
此方の女性はヴィオレッタ・ハーグリウス。
主に貴族家の礼儀作法の指導を生業としている方よ。
そして、ラティさんの家庭教師となる方です」
ヴィオレッタさんがお嬢様の方を向く途中、一瞬だけ私の顔を見る――私の背筋が凍りつきました。
「お初にお目見え致します、ただ今大奥様よりご紹介に預かりました、ヴィオレッタ・ハーグリウスと申します。
アイゼンフェルト子爵家ご令嬢、ラティ・フォン・アイゼンフェルト様にご挨拶申し上げます。
以後、宜しくお願い申し上げます。
そして……お久しゅう御座います、セバスチャン」
――終わりました。




