第三話 お嬢様、常識が仕事をしておりません。
「セバスチャンさん、そっち行きました!」
「お嬢様、お待ちなさい!」
「待てと言われて待てる状況ではありませんわ!」
セバスチャンです。
まず最初に……我がアイゼンフェルト子爵家にあるまじきこの様相、ただただ、我が身の無力を嘆くばかりで御座います。
今私は、当家のラティお嬢様を追いかけている最中に御座います。
『……吾輩に任せよ』
いつの間にか廊下に現れた亀が、その首をお嬢様へ向けて伸ばす。
すると、お嬢様の両脚に土の足枷が嵌められ、勢い余ったお嬢様が壁に激突してしまいました。
得意気な亀の甲羅を撫でた後、少しだけ胸がすく思いをしながら、私は倒れたお嬢様へ近付きます。
「さあ、お嬢様。
今夜は公爵家夫人の、エレノア・グランディール様の歓待をせねばなりません。
いつ迄も駄々を捏ねずに、準備をして下さい」
そう言いながら、私がお嬢様を確保する為に手を伸ばすと、その手は空を切ります。
足枷を叩き壊し、その勢いのまま腕だけで飛び跳ねたお嬢様が、壁を蹴り、私の頭上を通り過ぎる。
『……なんと無体な!』
驚愕する亀の言葉を尻目に、舌を出してこちらを見たお嬢様が、勢いそのまま廊下を走って行きます。
そして――。
「「きゃあっ!」」
鈍い音と共に二つの悲鳴が上がります。
見てみれば、案の定沙織とぶつかったお嬢様が倒れていました。
「……不本意ですが、頼めますか?」
『……任された!』
どこか嬉しそうな亀の返事と共に、無事お嬢様を土魔法で簀巻きにして確保致しました。
亀さんには、夕食にお酒を一本付ける事に致しましょう。
「待って、なんで私も一緒に拘束してるんですかっ!」
あれから、お嬢様と沙織さんをメイド達の待つ衣装部屋へと投げ入れた私は、亀さんを抱えて裏庭の雑木林へと向かいます。
腕の中でご満悦な亀さんを、いつもの池へと投げ入れ、何やら「エコ贔屓」だの「浮気」だのと宣う鳥さんを軽くあしらった後、私は執務室へと向かいます。
「グランディール公爵夫人ですか……」
公爵家の奥方による慰問……この時期に夫人がお一人で子爵家を訪れる意味――
「……何やらきな臭いですね」
私の胸に一抹の不安が過ぎりました。
――それから数刻後。
「グランディール公爵夫人、そろそろお着きに御座います」
「……全員、お出迎えの準備をして下さい。
あと、お嬢様は?」
メイドからの報告を受けた私は、懐から懐中時計を取り出して時間を確認しつつ、最大の懸念事項の確認を行います。
「お嬢様は現在、屋敷の精鋭メイドにより拘束中です」
「……宜しい。
では、応接室の確認と、お付きの方々への対応。
特に、馬車でしょうから御者の方と馬の世話を確認してください。
ここで満足のいく対応をして、お嬢様への援護とします。」
「「はい!」」
真剣な眼差しと返事を受け、その事実に満足した私はお嬢様の下へ向かうことにします。
途中、廊下を光りながら歩いていた子犬を拾い、裏庭の雑木林へ窓から放り投げます。
――動物虐待ですか?
それは動物に言ってあげなさい。
そんな些末なことより、今はお嬢様です。
衣装部屋の扉の前に立ち、見張りのメイドに声をかけて中を確認して貰い、部屋へと入ります。
部屋の中では――
「……何故、貴女達が?」
『『……どうだ?
惚れ直したであろう!』』
「私の腹筋の前では、そのような柔な拘束具など、何の意味も有りませんわっ!」
……亀と鳥がぼろぼろになったドレスを身に付け、横では腹筋でコルセットを破裂させたお嬢様がおりました。
「……なんて非常識な……」
「「ど、どう致しましょう?」」
唖然とする私に、困り果てたメイド達がオロオロと指示を仰いで来ます。
「……ふむ、仕方ありません。
お嬢様、常識に仕事をさせないと言うならば、私にも考えが有ります。」
「ふふふ……セバスチャン、この私の腹筋に勝てるとでも思っているのですか?」
「……亀さん、鳥さん。
私の願いを聞いて頂けますか?」
『『……っ!
ま、任せよ!』』
「……アイアンメイデンを!」
『……主人よ。
アレを人に使うのか?』
「試作貴族令嬢用姿勢・魔力・行動制御型鋼鉄コルセット、通称あ、いあん、めいでんです。」
「なっ?……せ、セバスチャンがボケましたわ……」
何故か戦慄に震えているお嬢様。
……何となく失礼な気がしましたので、容赦無くいこうと思います。
「鳥さん、亀さん、やってしまいなさい。」
『『……心得た!』』
その言葉と同時に、お嬢様の腰回りが眩く光る。
光はすぐに収まり、お嬢様の胸部から腰までを覆う鋼鉄のコルセットが装着されました。
「――むぎょっ!」
一気に締め上げられたお嬢様が、レディにあるまじき変な鳴き声を漏らしておりますが、気にする事なくメイド達に着付けの指示を出して仕上げます。
「……セバスチャン様、そろそろお時間かと」
「では、お嬢様……。
公爵夫人の出迎えに参りますよ?」
「わ、私の腹筋がっ!」
「さあ、貴族令嬢として胸を張りなさい。
お嬢様は、我がアイゼンフェルト子爵家の至宝で御座います!
疾く、軽やかに参りましょう」
「そ、そこまで言われては……。
良いですわ、このラティ・アイゼンフェルト、見事公爵夫人をおもてなししてみせますわ!」
「その意気です、お嬢様!」
「「流石はお嬢様です!」」
『……おい、鳥の?』
『……言わずともわかっている』
『『……チョロいな』』
高く登った陽が傾き始めた頃、アイゼンフェルト子爵邸に一台の馬車が訪れた。
周りを騎士達が守るその馬車は、中にいる人物の地位を示すかの様に、とても豪奢な造りとなっていた。
特に目を惹くのは車体中央、扉に装飾されたその家紋である。
華冠に百合の花があしらわれ、その全てが金で装飾され、所々に宝石が散りばめられている。
馬車全体も金縁の花飾りで装飾されており、下地の黒漆によって良く映える造りとなっていた。
「グランディール公爵家、公爵夫人エレノア・グランディール様の御成である!」
護衛の騎士達の中で一際立派な兜を被った騎士が、良く通る声で到着を告げる。
その声に合わせて、屋敷の玄関の前に並んだラティ達が恭しく首を垂れた。
――カツンっと、足音が聞こえる。
「……みな、出迎えご苦労様。
ラティさん、ご機嫌麗しゅう御座いますね?」
「アイゼンフェルト家一同、公爵夫人の御成を一日千秋の思いでお待ち申し上げておりました」
ラティの応答に胸を撫で下ろしたセバスチャンは、眼前の人物について考えを巡らす。
エレノア・グランディール様。
背は高く痩身、その眼光は鋭く、お嬢様の所作を事細かく吟味されております。
そして、たまに飛んでくるその視線……我々使用人の所作についても、よく見ておられる。
その視線と噂話を合わせ、考えますと……。
(失敗すれば、我がアイゼンフェルト子爵家にとって致命傷となるやも知れませんね――)
自身の考えに、背筋に冷たいものが流れる。
そして、ラティを見たセバスチャンに最大級の冷や汗が流れた。
「その兜、とても良いものですわ!
ちょっと貸してくださる?」
お嬢様が、夫人を無視して騎士の兜を奪っていた。
「……お嬢様?」
「見てセバスチャン、この兜は頬当てに工夫があって、視界が確保されているわ!
……この首の所の鎖帷子もフェルトかしら?
上手く作られていて冷たくないわ。」
「お嬢様!」
「やはり、公爵家ともなると、装備一つとっても素晴らしい工夫があるわね?」
「お嬢様ぁぁあっ!」
「あら、当家の騎士をお褒め頂き、感謝致しますわ。
ただ、私、早く休みたい気分なのですが……」
「し、失礼致しました。
さあ、どうぞ中へお入り下さい。」
近くのメイド達に命じて、公爵夫人を屋敷の応接室へと案内させる。
夫人が中に入って行くのを確認したセバスチャンは、兜を奪われた騎士へ謝罪をし、ラティから素早く回収した兜を返すと、ラティへと向き直す。
「お嬢様、一体何をお考えなのです。
相手を見て行動するのが、ご令嬢としての振る舞いで御座います。
しかも相手は公爵家、何かあれば冗談では済みませんぞ!」
「何を言っているのかしら?
セバスチャンが言ったのではないですか。
相手の良い所をまずは褒めなさいと!
ですので、私は先進的なあの装備を褒めたのです。」
小鼻を膨らませ、得意気に話すラティに、思わず天を仰ぐセバスチャン。
「お嬢様、それは公爵夫人を褒めなさいと言ったのです!
どこの貴族夫人が、護衛の装備を褒められて喜びますか!」
「……あら、私は素晴らしいと思ったわよ?」
「あ、公爵夫人……」
「……へっ?」
そこには、いつの間にか戻って来て楽しそうに笑うエレノアと、唖然とした表情で固まるセバスチャン、そのセバスチャンを見て爆笑するラティがいた。
お嬢様、これでは貴族の常識が仕事をしておりません。




