第二話 お嬢様、責任を取るのが上司です。
「お嬢様には困ったものです。
ですが、あの動物を受け入れるなら、一応筋は通さねばですが……ここは相変わらずですね」
屋敷の裏、人工的に作られた雑木林の小道を、私は慣れた足取りで歩く。
屋敷の敷地内にある為、さほど広くはないこの雑木林には、ある特徴があった。
「今宵も、皆様お揃いですね?」
雑木林の中程、開かれた場所にある小さな池。
清く澄んだその池の中央にある岩場に、甲羅だけで1メートルはある大きな亀と、体の2倍はある長い尾羽を持つ大きな赤い鳥が佇んでいた。
この二匹は共に、お嬢様が拾ってきて、そのまま居着いたものだった。
「さて、今夜は皆さんにご報告が御座います。
お嬢様が、また新たな動物を拾われました。
顔合わせは後日になりますが、先に伝達しておきます」
あくまでも事務的に伝える。
(……なぜ、この私がこんな事を――)
私が我が身の不幸を嘆いていると、『鳥が口を開き、話しかけてきた』。
「で、主人よ……その動物、我とどちらが可憐だ?
いや、わかっておる。
主人が我にぞっこんなのはわかっておるのだ。
だが、我の乙女心……中々に難しい。」
更に、『亀が鳥に文句を言う』。
赤い鳥と亀が口喧嘩ですか……。
(……私、何を見ているのでしょうね?)
私は一人、達観する。
「いや、鳥の――
主人どのが真に想うは我ぞ?
主人どのの想い、まさに我が甲羅が如くだ!」
「なにを言うか、蔵六よ。
主人の我を想い浮かれるさま、まさに我の華麗なる羽毛の如しじゃ!」
「……またですか……」
鳥と亀のやり取りを聞きながら、私は夜空を見上げた。
(そもそも、拾われたお嬢様ではなく、何故私に懐くんでしょうね……)
「「……で、新しき動物とは如何に?」」
鳥と亀が声を揃えて問い掛ける。
「……子犬ですよ。
ちょっと光る程度の、貴女方が気にする必要もない存在かと」
「そういう事を言っているのでは無い。
我とどちらが魅力的かと言う――」
「私は性癖ノーマルです。
亀や鳥や獣に欲情する変態ではありません」
「「そう照れるでない」」
「……何故、そこだけ息ぴったりなのですか……
とにかく、後日連れて来ますので、各自勝手に判断して下さい」
セバスチャンが少し疲れた声色で告げる。
「それもそうじゃな……
それよりも、いつ主人は我と祝言を挙げるのだ?」
「そうだな、我との祝言の日取りも決めねばなるまい。
なんなら二人一緒でも構わぬ。
我らは人と違って細かい事は気にせぬからな」
「そうじゃ。
じゃから主人は何も気にせずに、我ら二人を愛でるが良い」
「ですから、私は――」
セバスチャンが口を挟む隙も与えず話す二匹。
「そうじゃ、蔵六よ。
はねむぅんとやらはどうする?」
「いや、だから話を――」
「ふむ、やることヤレるならば、我はどこでも構わぬ」
「……話を――」
「そうじゃのう、そこが肝要よ!」
「――話を聞けぇぇえっ!」
その夜、屋敷裏の雑木林には、夜遅くまでセバスチャンの声が響いた。
次の日。
「今こそ魅せる、正義の一撃!」
「踏み込みが甘い!」
気合一閃、ラティの上段からの振り下ろしを軽くいなしたセバスチャンが、そのまま軽く木刀を回すと、ラティは手にした木刀ごと地面に叩きつけられた。
「……まだまだで御座います」
セバスチャンは、地面に転がるラティに、恭しく頭を下げながら声をかける。
「むぅ、まだまだでしたか……」
ラティとセバスチャンが、いつもの様に朝稽古を庭で行っていると、屋敷の方から子犬が走ってくるのが見えた。
その姿に目を輝かせ、ラティが嬌声をあげる。
「まあっ!
いぬっさんが来ましたわ!」
ラティのその言葉に、セバスチャンが一瞬だけ目を見開くと、恐る恐る質問する。
「……お嬢様、一応確認ですが……いぬっさんとは?」
「いぬっさんは、いぬっさんですわ。
昨日の子犬の名前に決まっているではないですか。
私、あれから精一杯考えましたのよ?
いぬっさん……我ながら素晴らしい名前ですわ!」
「……お嬢様がそれで良いのなら」
若干の呆れを含んだ感想をセバスチャンが述べていると、子犬は一切減速することなく、両手を広げるラティを素通りし、セバスチャンの前で急停止をした。
「……なんと言いますか、今更ですが、あなたも大変な方に拾われましたね?
名前には思う所もあると思いますが……いいですか?
……あなたはこの方、アイゼンフェルト子爵家次期当主、ラティ・フォン・アイゼンフェルト様に拾われたのです。
今後はラティ様の良き従者として、誠心誠意仕えるのですよ?」
「そうですわ、いぬっさんは私の可愛い従者ですのよ!」
そう言われた子犬は、あからさまに嫌そうな顔で叫ぶ。
「……イヤです」
「「……喋った!?」」
「それよりも運命の人、私と番いになりましょう!」
セバスチャンは一歩下がり、ラティは満面の笑みでうなずいた。
「ええ、よくってよ――」
その瞬間、セバスチャンの足元に座ったいぬっさんが、ゆっくりとラティの方を見て――。
「――ぺっ!」
唾を吐いた。
「ぬぅぅわぁあんでですのぉぉおっ!」
その想定外の態度に叫ぶラティ。
その姿を見ていぬっさんは再度――。
「――ぺっ!」
「……はしたないですよ」
そうセバスチャンがいぬっさんに言うと、吐いたツバは消え去り、いぬっさんはただ足にじゃれ付き、幸せそうにしていた。
そんな朝の一幕から数時間後。
「セバスチャンだけズルいですわっ!」
ラティは荒れていた。
「……何がズルいかは聞きません。
お嬢様、今はお勉強のお時間です」
朝の一件からしばらく後。
ラティは机に肘をつき、不満を隠そうともせずに口を尖らせていた。
「どうして、いぬっさんは私に懐きませんの……」
(……なんとはしたない)
そのラティの様子を見て、セバスチャンが内心でため息をついた、その時――
「まあ、あんな名前を付けられたら、たとえ犬でも普通は懐きませんよ?
犬ってこちらの言葉を理解しますし、理解できるなら、あの名前は黒歴史一直線ですし……」
横から口を挟んだのは、メイドの沙織だった。
「普段は完璧なセバスチャン様も、ネーミングセンスだけは無いのですね?」
「……訂正致します。
名付けはお嬢様です」
「「……」」
即答するセバスチャンの一言に、沙織は一瞬固まり、目を泳がせた。
「さ、さすがはラティ様……大変趣のあるお名前で……」
「沙織、今日のおやつは抜きですわ」
「そんなぁ……!」
涙目の沙織を横目に、セバスチャンは淡々と告げる。
「では、お嬢様も本日はおやつ抜きで御座います」
「な、なんでですの!?」
「沙織さんはお嬢様付きのメイド、つまりお嬢様の部下で御座います。
部下の処遇には、主であるお嬢様も責任を負います」
「な、ならば撤回――」
「朝令暮改は貴族に有るまじき行為です。
やるならば、看過できません」
「ま、まさか!」
ラティは慌てて背筋を伸ばす。
セバスチャンは一礼した。
「では本日のおやつは、主従共に抜きで御座います」
「横暴ですわぁぁあっ!」
「そんなぁっ!」
「蒔いた種は刈り取る。
お嬢様には、この言葉を贈らせて頂きます。」
澄まし顔で述べたセバスチャンにラティが叫ぶ。
「そんな農業の基本はどうでも良いですわ!
それよりもおやつですわぁぁあっ!」
お嬢様と沙織さんの声が屋敷に響く。
その姿に、セバスチャンが呆れ顔で漏らした。
「……ここは本当に貴族の屋敷でしょうか」




