第十話 お嬢様、それは正義で御座います。
ヴァルターからの先触れが屋敷について数日後。
国境沿いの町から数日、領都へ向かう街道沿い。
村であったであろう残骸が散らばる中、騎士達が慌ただしく馬を走らせていた。
それを見て豪奢な鎧姿の男が、眉を顰め隣にいた男に語り掛ける。
「久しぶりの帰還だと言うに、間の悪い事だな、ヴァルターよ」
「いえ、レオルド様、このくらいの事、逆に土産話が増えて助かります」
「はははっ!
相変わらず豪気な男よな」
愉快そうに豪快に笑うレオルド、その笑い声を聞きながら、ヴァルターは目の前に広がる惨状を冷たい目で眺めていた。
「……また村が一つ、魔物によって消えたか……」
その拳は強く握られ、瞳に剣呑な色が浮かぶ。
レオルドも笑ってはいるが、その目は冷ややかであった。
その中で、左肩に腕章を着けた騎士が、他の騎士から報告を受けていた。
「……状況は?」
「……はっ!
今は第二小隊が付近の捜索、第五小隊が生存者の確認を行っております!」
「……生存者は?」
「状況的に、絶望的かと……」
「……せめて弔ってやれれば良いが、恐らくはもう……」
騎士は言葉を濁し、最後まで語る事なく仕事に戻って行った。
騎士達の様子を見ていたヴァルターが、声を張り上げる。
「生存者は皆無と判断!
魔物の追跡と殲滅を最優先とする。
本陣はこのままここに張り、第二から第10小隊を二交代で探索に充てよ!
残りは設営と本陣の警護に充てる。
脅威はすぐそこにある、総員奮起せよっ!」
騎士達に指示を出し、設営されたばかりの天幕へと入ったヴァルターをレオルドが出迎える。
「……愛娘に会うのが伸びてしまったな?」
少しだけ戯けてレオルドがそう言うと、ヴァルターは真面目な顔で返す。
「いえ、これが我らの仕事。
それがわからぬ者は、我が子爵家にはおりませぬ」
「そうか……この魔物の異常発生、一体いつ迄続くのであろうな」
「……原因はわかっています」
二人の顔に苦渋が浮かぶ。
「……魔族か……あの戦いが無ければ、まさにお伽話の住人と笑っていたであろうな」
「……倒します……必ず」
そう答えるヴァルターの瞳には、一粒の狂気が滲んでいた。
お嬢様が引き篭もって二日目。
相変わらずお嬢様はお部屋から出て来ません。
お食事等は沙織さんが対応していますが、その沙織さんも何やら様子がおかしく感じます。
試しに沙織さんと話してみましたが……
「あ、お、お嬢様ですか?
普通、そう、普通ですよ!」
……引き篭もっているのに普通とは?
あと、明らかに挙動不審ですしね。
それよりも、問題は今朝方届いた旦那様からの手紙です。
何やら、こちらへの帰還途上で、魔物による被害現場に遭遇されたとの事。
これではご帰還がいつになるか、読めませんね。
引き篭もって三日目。
今日は午前中に、ヴィオレッタ様と二人で沙織さんの事情聴取を行いました。
ヴィオレッタ様主導でのやり取りは……沙織さんの尊い犠牲により、お嬢様は裏庭に通っている事までは判明致しました。
部屋の隅で震える沙織さんの事は置いておいて、まずはヴィオレッタ様と今後の事について話す事と致します。
「しかし、何の為に裏庭なんかに……」
「そうですわね、裏庭は確か……現在は立ち入り禁止なのですよね?」
「ええ、ちょっとした小火があり、その片付けも有りますので、庭師のガフさん主導で改修中となっております」
「……その様な場所へ、毎日?」
ヴィオレッタ様が眉を顰め口を開く。
「恐らくお嬢様にとってとても重要な事ですわ」
ヴィオレッタ様が溜息混じりに紅茶へ口を付ける。
「心当たりは?」
ヴィオレッタ様のティーカップが静かに置かれる。
「……旦那様関連かと」
私は、これまでの推測を話す事にしました。
「理由を聞いても?」
「お嬢様は、ヴァルター様のご帰還を非常に気にされておりました。
ですが同時に、何かに焦ってもおられた。
加えて裏庭への出入り――。
恐らく、裏庭にその答えがあるのでしょう」
私の言葉に、ヴィオレッタ様が静かに目を細めました。
「……成る程、一度確認した方が宜しい様ですね」
「しかし、お嬢様が秘密にしておられる事を暴く様な真似は……」
「何を、思春期の娘に嫌われたく無い父親みたいな事を仰っているのです!
良いですか、貴方は当家の筆頭執事です。
旦那様からの信頼に応える事が、貴方の役割です」
「ですが……」
「……わかりました、私が一人で確認致します」
その言葉と共に、その日の話し合いは終了となりました。
私は釈然としない気持ちを抱えながらも、これでお嬢様の問題も解決するだろうと思っておりました。
その日の午後。
私は何時もと同じく、窓から外に出ます。
部屋の方は沙織が上手く対応してくれるので、気にせず裏庭へと走ります。
「お父様のご帰還まで、あまり猶予はありません。
ですから……今日こそ上手くなるんですわ!」
そう決意を口にして自分を鼓舞致します。
絶対に上手くなって、お母様みたいに――!
その日の夜、屋敷内も静まり返り、私は懐中時計の手入れを行っていました。
経年劣化なのか、少し燻んだ色のその外観を優しく丁寧に布で磨きます。
「……細かい傷も増えましたね。
私も、最早歳を取らないあなたと違い、良い歳になって来ましたよ?」
つい、取り止めも無い事を話しかけてしまい、口元が緩んでしまいます。
そんな感傷に浸っていた時でした。
……夜の領都に鐘の音が響き渡ります。
「……こんな夜更けに鐘と言う事は」
私は表情を引き締め、普段は飾りとなっている壁にかけてある刀を手に取ります。
そして鞘から引き抜き、刀身を確認した所で部屋のドアが叩かれ、廊下からメイドの声がします。
「セバスチャン様、鐘楼の鐘が鳴りました」
「こちらでも確認致しました。
私もすぐ向かいますが、屋敷の全員を集めて下さい。
あと、護衛の戦士団がすぐに参ると思いますので、受け入れの準備と、お嬢様の所へすぐに人をやって下さい。
良いですか、他の何よりもお嬢様の安全を最優先にして下さい」
準備を終えた私は、すぐにエントランスへと向かいます。
屋敷のエントランスでは、既に武装した使用人達が集まっていました。
それぞれが真剣な眼差しで私を見ています。
「良いですか、我々の目的はただ一つです。
それは……お嬢様を守る事で御座います。
我々全員が命を落とそうとも、お嬢様が無事ならばそれが最良の結果であると心得なさい!
二度とあの様な結末を迎えてはなりません!」
「「「「……はいっ!」」」」
全員が揃って返事をする中、沙織さんが慌てた様子で走って来ました。
「セバスチャン様、お嬢様がっ!
お嬢様がお部屋に居られません!」




