第十一話 お嬢様、ならぬ事はならぬのです。
領都の鐘楼の鐘、それは外敵が領都に近付いている知らせです。
その凶報が齎されたのは、私が屋敷の使用人達の指揮を取り、防衛体制を整えている最中でした。
「お嬢様がお部屋にいらっしゃいません!」
血相を変え走り込んで来た沙織さんの報告を受けた私は、努めて冷静に判断します。
「……後はヴィオレッタ様の指示を仰いで下さい!」
そう的確な指示を飛ばした私は、最大速力でお嬢様の部屋へと向かいます。
途中、壁を走り使用人達を回避すると、小さな悲鳴が聞こえますが、気にせず三角飛びの要領で壁を蹴り、そのまま二階の手摺を飛び越え、固く閉ざされたドアを蹴破り中へと突入致します。
「お嬢様っ!
何処ですかお嬢様!
お返事をっ!
セバスチャンめが参りましたぞっ!」
慌てず騒がず、冷静沈着にで御座います。
まずは部屋の中を確認……窓が開いております。
私は躊躇なく窓から飛び降り、周囲を……特に地面を観察します。
昔培った技術と知識を総動員して、僅かに残された痕跡を探します。
そして――
月明かりに浮かぶ小さな靴跡。
間違いありません――お嬢様です。
私は、その足跡を必死になって辿り始めました。
その頃、屋敷ではヴィオレッタの声が響いていた。
「……セバスチャンが飛び出して行ったですって!」
沙織からの報告を受けたヴィオレッタは、驚きと共にそう叫ぶと額に手を当てて呆れた様な顔をした。
「……昔からずっと言い聞かせていたのですが、直情的な所は治っておりませんね。
仕方ありません、私が指揮をとります。
基本はこのままセバスチャンの指示を継続、戦士団の対応は私が行います。
そう皆さんに伝えて下さい」
慌てて部屋を出て行く沙織の背中を見ながら、ヴィオレッタは一つの違和感を感じていた。
「確かに、緊急事態とは言えますが……
未だ外敵が領都内に侵入した訳でも無いわ。
少々、過剰反応が過ぎる気がしますね」
その理由として思い当たる事件を思い出していると、再度沙織が入室してきた。
「ヴィオレッタ様、戦士団の皆様がご到着なさいました」
「……わかりました。
これからすぐにお会い致しますので、代表の方を此方に案内して下さい」
「畏まりました」
一礼し、退室する沙織を見てヴィオレッタは目を細める。
(……すぐに落ち着いたみたいですね。
セバスチャンより理性的とは……側付きとした理由がわかりますね。)
時は少し遡ってその日の夕方。
その頃、裏庭ではラティと鳥が言い争いをしていた。
「――何度言えばわかる?
そこの足運びはこうっ!
それと、一々足元を見るで無い!」
鳥が岩の上で軽快にステップを踏む。
それを見て、ラティが辿々しく足を動かす。
「ですから、こうのこうでしょう?」
「違う!
こうじゃ!」
「わかりませんわっ!」
「実に不器用な娘御よ。
我の華麗なる舞に及ばずとも、蔵六めぐらいにはなって貰わねば、指導を引き受けた我の格が下がると言うものぞ!」
器用に両の翼を組んで、大袈裟に溜息を吐く鳥を不満気にラティが見詰める。
「ずっと擬音ばかりで伝わりませんですわ!」
「手本を見せておろうがっ!」
睨み合う人と鳥、まさに不穏な空気が破裂しそうな時、側で見ていたいぬっさんが一言……。
「足の構造が違うから、同じ動き出来ないよね?
なんで無理な事やってたの?」
「「……なん……だと(ですって)」」
鳥とラティが打ち拉がれる中、亀が声を出して笑う。
「うわはははっ、これは傑作ぞっ!」
「……我の華麗なる舞、人の動きに変換して幻影で見せよう」
「あ、わ、私も、頑張りますわ!」
その後は今までで一番熱の籠った練習となった。
それから数時間後、ラティは疲れからか、亀を枕に寝息を立てており、亀は迷惑そうな顔でじっとしていた。
「……それにしても、鳥よ?」
「……言いたい事はわかっておる故、言わずとも良い」
「何故、小娘に手を貸す?」
「だから、言わずとも良いと言うたではないか!」
「あ、僕もそれ気になった!」
「何、そんな難しい話では無い。
この地に生きる子は、全て我等の子も同然であろう?」
「……うむ、それは必然よ」
「であれば、子の切なる願い、叶えてやるが道理であろう。
……それが子が親を想う願いならば尚更であろう?」
「なるほど、確かに……」
「僕は良くわかんないけど、ここ最近の鳥は好きかな?」
「……それに、この子が感謝する程、主人の我への好感度も上がる事よなぁ」
「……我もこうして結界で協力しておる故、頼むぞ?」
「わかっておる蔵六よ。
お主の献身、ちゃんと主人に説いて聞かせよう」
「それで――「鳥の!」なんと無粋な……」
「何か、カンカン鳴ってる?」
不思議そうに聞き耳を立てるいぬっさんの耳に、鐘の音が聞こえる。
その音を聞いて、不機嫌になる鳥と、面倒そうに鐘楼のある方角を見る亀。
「……取り敢えず、小娘はこのまま蔵六の結界内に居れば問題あるまいて」
「うむ、我が結界なれば、不可視を付けた今は見つける事すら不可能よ」
ドヤ顔で言う亀を見たいぬっさんが、横になって眠そうに話す。
「じゃあ、僕は寝るよぉ〜。
おやすみぃ。」
「では、我等も休むとするかの?」
「うむ、睡眠不足はお肌の天敵故な」
そうして三匹は、ラティと一緒に結界内ですやすやと眠りについたのだった。
その頃、結界の外側。
「……おかしいですね」
お嬢様の足跡を辿っていましたが、ここで忽然と消えています。
消したのでは無く、消えています。
これは何か乗り物に乗るか、空を飛ばないと説明がつきません。
「何か理由がある筈です」
私は辺りを隈なく探し、あらゆる可能性を潰していきます。
ですが、何もありません。
しかし、ここは裏庭で御座います。
当家の裏庭なれば、何も無いのが怪しい。
私は徹底的に探す事に致しました――
――同時刻、屋敷の応接室にて
「――では、今回は魔物の群れが突然現れたと?」
「はい、見張りの報告からはその様に判断致します」
応接室の古いソファに座るヴィオレッタの鋭い視線を受けながら、全身を革鎧に身を包んだ三十代くらいの筋肉質な短髪の男が緊張を隠して答える。
その様子を観察しながら、些か普段より低い声でヴィオレッタが質問する。
「しかし、私は存じませんが……魔物とは湧いて出るものなのですか?」
「いえ、私どもも聞いた事がありません。
故に、警戒を城壁内へも強めております」
「……なるほど。
では、当然、当家への守りも盤石であると期待して宜しいのですね?」
ヴィオレッタの冷たい視線に気圧されながら、男が言葉を選ぶ。
「……出来る限りでとなりますが、死力を尽くします」
「わかりました。
戦士団の死力、期待させて頂きますわ」
「はい、お任せ下さい。
では、私は指揮に戻りますので失礼させて頂きます」
男が部屋から出て行くのを見ながら、ヴィオレッタは最悪の事態を想定し始めた。




