第三十七話 お嬢様、因果応報に御座います。
屋敷の応接室にあるソファに、ヴァルターとセバスチャンがテーブルを挟む形で向き合って座っていた。
ヴァルターは内心の不快感を隠そうともせず、腕を組みセバスチャンを睨み付けているが、とうのセバスチャンは気にする様子もなく懐中時計を見ていた。
「……一体、何の用事だと言うのだ?」
焦れたヴァルターが問いかける。
「そろそろですね……旦那様、今暫くお待ち下さい。
私は必要な物を取って来ますので……」
「セバス、今何が起きているかわかっているのか!
ラティが……我が娘の遺体が……」
悲痛な顔で口籠るヴァルターを見たセバスチャンだが、敢えて何も語らずに部屋から出て行く。
応接室に一人残されたヴァルターは、セバスチャンの真意がわからずに、ただ黙って待つ事しか出来なかった。
——それから数分後。
部屋のドアがノックされ、ヴァルターが許可を出すとセバスチャンが入室してくる。
彼の左腕には真っ白なサービングクロスがかけられ、ドーム型の銀製のフードカバーが被せられた、これまた銀製の大きな平皿を手に持っていた。
次に入室してきたカチェットが一礼した後、ヴァルターの前に白リネンのハンドナプキンを畳んだものを右に、ナイフとフォーク等のセッティングを行い、更にヴァルターの向かいの空席になっている場所にも同じ様にセッティングしていくが、こちらは小さなティースプーンや小さなデザートナイフが並べられていた。
それから、カチェットが紅茶をそれぞれの席に配膳すると、今度は部屋中に窓を開けた。
「……これは、一体?」
戸惑うヴァルターにセバスチャンが恭しく一礼し、フードカバーを開けた。
そこには、作りたてのチーズケーキがホールで鎮座していた。
部屋中に広がるその芳しい香りを感じながら、怪訝な表情を浮かべたヴァルターだったが、すぐに何かに気付くと俯き、両手で顔を覆い肩を震わせた。
「……そうか、そうだな……ラティはお前のこのチーズケーキが大好きだったな。
アレの母親であるクラウディアも大好物だった。
最後に、娘とのお茶会を用意してくれたのだな?
……セバス、お前の気遣い……心から感謝するぞ」
涙ながらにそう語るヴァルターの方は見ずに、セバスチャンは窓から見える裏庭を眺め、ほくそ笑んだ。
「……旦那様、最後ではありませんよ?」
「……セバス、お前は何を——」
セバスチャンの確信めいた発言に、ヴァルターが訝しげに問い詰めようとしたその時、部屋の窓から一陣の風が吹いた。
「——チーズケーキですわっ!」
「……へっ?」
ヴァルターの向かいの席に座り、美味しそうにチーズケーキを頬張る愛娘の姿を見たヴァルターは——
「やはりセバスチャンのチーズケーキは最高ですわ!」
「…………」
「……旦那様っ!」
——カチェットが叫ぶ中、ヴァルターは静かに後ろへ倒れ、そのまま意識を手放した。
「……さて、お嬢様?
私とお話を致しましょうか?
大丈夫で御座います、ヴィオレッタ様も待っておりますぞ?」
「……ひぃっ!」
和かに微笑むセバスチャン、倒れたヴァルターを慌てて介抱するカチェット。
カオスな応接室に、ラティの悲鳴が良く響いた。
——そして話は、冒頭の怒れるラティへと戻る。
窓に鉄格子、ドアは金属製で内外に見張りとして武闘派の使用人が二人ずつ待機している。
そんな部屋に唯一ある家具の文机の前に正座をしたラティが、紙に書かれた文字を音読している。
「——私、ラティ・フォン・アイゼンフェルトは、師であるセバスチャンとの約束を破り、使用人の沙織を連れ回して森へ入り、その命を危険に晒しました。
私は、深く反省し……なんで私だけなんですの!
沙織だって止めなかった——」
ラティの主張を、ベッドに横になった沙織が真っ向から食い気味に否定した。
「——止めました!
私は、はっきりと、何度も、止めました!」
「では、沙織の止め方に、気合いが足りなかったのですわ!」
沙織の主張をよく分からない論理で否定するラティに、ガバリと上体を起こした沙織が半ギレで捲し立てる。
「気合いってなんですか!
そもそも、お嬢様は普段から思慮深さが足りないんですぅ!
だから毎回こんな事になるんですよ!」
「……沙織にだけは、言われたくありませんですわっ!」
腕組みをし、顔を逸せて不満たっぷりにラティが述べると、沙織がその態度に眉を吊り上げてあげつらう。
「あ、ひどいっ!
一体、誰のせいでこんな事になっていると思っているんですかっ!」
「そうですわ、これは不当な扱いですわ!
私は断固、抗議致しますわっ!」
ラティがそう主張し、沙織も追従する。
「そうですそうです!
せめてオヤツ抜きだけは除外するべきです!」
何故か同調した二人が、ドア近くにいる監視要員の二人のメイドに言葉だけで詰め寄ると、
「……では、そのように仰っていたと、ヴィオレッタ様にお伝えして来ますね?」
今まで黙っていたドア近くに立っていたメイドの一人が、米神に青筋を立てながら、やけに丁寧な物言いで二人に対して述べる。
「「……ちょっと待って!」」
その言葉に慌てた二人が待ったをかける。
「じょ、冗談に決まっているではないですの……ねぇ、沙織?」
「あ、そうですね」
動きの止まったメイドの姿に安堵しながらも、同意を求めた沙織の態度に、違和感を感じたラティが突っ込みを入れた。
「なんでそんな素っ気ないのですか!」
「お嬢様のせいで、オヤツが食べられないからです」
ベッドの端に腰掛け、能面の様な顔で淡々と答える沙織に、少しだけイラッとしるラティ。
「良いですか、人にはオヤツよりたい——「そんな物は存在しません」
「人としての——「そんな事より、ケーキです」
「あな——「私のチーズケーキはどこですか?」
「「…………」」
暫し睨み合う二人だったが、一つ溜息をついたラティが心底面倒臭そうに問い掛けた。
「……つまり、私だけがセバスチャン特製のチーズケーキを食べた事、未だに根に持っていると?」
ややジト目になったラティの問い掛けに、沙織が無表情で姿勢を正すと、一度大きく深呼吸してから口を開く。
「……はい、当たり前ですよね?
お嬢様は、ケーキを食べてから収監。
私は、食べる前に収監。
はっきり言って非道です。」
「でも、収監を決めたのは私ではありませんから、私に言うのはお門違いというものではなくて?」
「わかっています。
だから、最初にセバスチャン様、次に旦那様、最後にヴィオレッタ様に切実に訴えました」
淡々と話すその内容に、ラティが内心「こいつマジか?」と、ドン引きしながらも感想を口にする。
「……よ、良くその三人に言えましたわね」
「……だからじゃないですか」
「……どういう事?」
「三名に訴えた結果、ここに入れられました」
ガックリと肩を落として述べる沙織の姿には、何故か哀愁が感じられた。
「……当然の結果ですわね?」
ラティの言葉に深く頷く見張り役の二人であった。




