第三十四話 お嬢様、人とは見たいものを見るので御座います。
アイゼンフェルト領都、王国辺境の防衛を担うアイゼンフェルト家が治める領地で、子爵家の本拠地として長年栄えて来ていた。
だが、数年前から続く魔物の異常発生と、それに伴う戦費の拡大が子爵家の財政を圧迫していた。
そんな中、再度発生した魔物の異常発生と領都防衛戦に、領都に暮らす民や商人達は動揺していた。
曇天の空、戦いの爪痕が残る外壁、辺りには魔物の物と思われる死骸が散乱し、それを片付ける男達の目に、街道をゆっくりと進んでくる騎馬の集団が映っていた。
「おい、あれって……」
「……領主様のご帰還だな」
「って事は、今回も無事魔物共を退治したって事だよな?」
男達が手を止めて話をする中、正門から戦士団十名が慌てて出てきて整列する。
未だ騎馬の集団は遠く、正門前に整列した戦士達の間には、まだどこか緩んだ空気が流れていた。
だがそれは、騎馬の集団が近付きその様子がわかり始めると一変した。
まず目に入ったのは、出陣する時には組まれていなかった簡易荷台だった。
集団の中央に、その簡易的に組まれた荷台が配置され、そこに外套を何枚も被せられた荷物が見えた。
そして何より異質なのが、普段ならば胸を張り、威風堂々とした出立ちのヴァルターが、肩を落とし俯いた姿を衆目に晒している事であった。
——何か悪いことが起きた。
戦士達の間に、良い知れぬ空気が漂い始めた。
外で片付けをしていた者達にも、その空気感は伝播し、誰もがジッと集団が近付いて来るのを棒立ちになって待っていた。
自分達が目指す領都の正門前がそんな状況になっている事を知らないヴァルター達は、まだ遠くにある正門前の様子を、目を細めて眺めていた。
「……何だか人が多いですが、あの様子ならば魔物の脅威自体は無くなったみたいですな?」
「あ、そろそろ領都ですか?」
荷台に寝たまま固まった様に動かない沙織が、移り行く雲を眺めながら、隣を馬に乗り移動するガレスの言葉に反応した。
「ええ、些かウチの者以外もいるみたいですがね、魔物と戦っているって雰囲気じゃあ無いみたいですな」
「なら、このまま神殿で傷の手当てですよね?
私、実はもうやばいくらい、痛みしか感じないんですよぉ」
「まぁ、お嬢様の件もありますし、屋敷に寄ってから早々に神殿に行く事になるでしょうな……」
しんみりとした語り口のガレスに、一応違和感を感じた沙織だったが、今は一刻も早く治療して欲しい思いの方が強かったため、気にしない事にした。
(お嬢様も、早く治療しないといけないですし、この時間だと、遅くなるとご飯の時間に間に合わない可能性があります)
沙織は荷台で揺られながら、早く治療してくれないかなぁ? と、ひたすらに祈っていた。
ヴァルターを先頭に正門を潜る集団に、緊張しながら敬礼する守備兵達。
石畳の道を集団は屋敷へと歩みを進める。
元々、魔物騒ぎの為に開いている店が少ないのか、数日前の活気は今はなく、通りで出迎える住民の姿もまばらであった。
集団が姿を見せてもそこに歓声は少なく、通りに集まっていた住民達は集団の雰囲気と、その原因であろう荷台に乗せられている物を見て、ヒソヒソと話をするばかりであった。
そして、住民達の視線を集める外套をかけられた物がモゾモゾと動き、端の方からひょっこりと金髪の少女が顔を出し、辺りをキョロキョロと見渡す。
その様子に気付いた道端の子供達が、ラティを指差して何事かを親達に伝えると、住民達のヒソヒソ話が歓声へと変わっていく。
「……何故民達は騒いでいる?」
住民達の変化に、疑問と苛立ちが募ったヴァルターが、隣を進むガレスに問いかけると、ガレスも些か困惑気味に憶測で答えた。
「多分、魔物を討伐したと判断したのでしょう」
「……そうか、確かに魔物の脅威は去ったとはいえ、未だにその脅威は残っている。
特に、あの惨状を作ったであろう魔物、いや魔族だけは、必ずや我が手で討ち滅ぼす!
せめてそれくらいせねば……ラティとクラウディアに顔向け出来ぬではないかっ!」
手にした手綱を握り締め、苦悶に歪む顔……ガレスは、そのヴァルターの姿を悲痛な顔で見る事しか出来なかった。
その頃、ラティが訳がわからずに辺りを見ている事に気付いた沙織は、痛みを我慢してラティへとにじり寄る。
「お嬢様、気が付きましたか?」
「……沙織?
ちょっと、そんな状態で動いてはなりませんわっ!」
同じ荷台の上で、明らかにぼろぼろな姿の沙織が這いながら近寄ってくるのを見たラティが、慌てて沙織を止めた。
「ふふ、お嬢様だってぼろぼろじゃないですか?
アザだらけで色が酷すぎですし、腕、曲がらない方向に曲がってますよ?」
「……へっ?」
自分の右腕を見たラティが、痛みと驚愕に叫びを上げるが、歓声によってそれは近くに居た戦士達以外には聞こえなかった。
ラティを見て最初はアンデットかと警戒した戦士達だったが、慌てるラティの様子を見て、すぐにヴァルターへと報告をする為に、一人が先頭へと馬を走らせるが、既に先頭は屋敷内へ入っていた。
ヴァルター達は領都を横断し、外壁沿いに建つ領主屋敷へと辿り着いた。
玄関前にはヴィオレッタ達使用人が整然と並び、その顔には皆一様に悲痛な表情が浮かび、悲しみが溢れていた。
屋敷内に入ってきた集団は、入った側から中庭に並び始め、集団から離れたヴァルターが一人馬を進めてヴィオレッタ達の前で馬から降りる。
「——旦那様、無事のお帰り、我々一同……い、いち……うぅっ……お、お嬢……さま……お労しや……」
「……すまぬ、ヴィオレッタ」
泣き崩れるヴィオレッタの肩に手を置き言葉をかけるヴァルターの顔も、今にも泣き出しそうであった。
「うぅ……お嬢様。
未だ十一歳で御座いましたのに……何故、あんな優しい子を……私は、私は!」
「ヴィオレッタよ、お前にも誓おう。
……必ずだ、必ずこの仇は討つ!
たとえ神が相手であろうと、絶対だ。
このヴァルター・フォン・アイゼンフェルト、我が生涯を賭けて……必ずやこの無念、晴らしてみせる!」
そう述べるヴァルターの顔は怒りに歪み、その相貌には復讐の炎が揺らめいていた。
そして、全ての元凶となった者を乗せた荷馬車がゆっくりと屋敷の玄関前へと辿り着いた。




