第三十二話 お嬢様、捜索中で御座います。
雲により日の光が遮られた薄暗い鄙びた街道を、二十騎の軍馬が駆ける。
そるは、緊急の伝書鳩でセバスチャンの負傷を知ったヴァルターが率いる僅かな手勢……戦士団二十名の姿であった。
ただ黙々と、金属鎧の擦れる音と蹄の音が響く中、ヴァルター達が魔の森へと向かっていると、街道の途中でカチェット達が撤退して来るのが見えた。
その姿は普段とは違い、誰もが薄汚れ意気消沈した姿を晒していた。
近寄り、その様子がわかってくる。
使用人達は木の枝を支えに歩く者や、担架で運ばれる者、涙を流し俯く者など、明らかに疲弊していた。
「……カチェット、これはどういう事だ?」
戦士団の先頭で軍馬に乗っていたヴァルターが駆け寄り、集団を統率していたカチェットを見付けると、そのまま近くまで歩み寄り馬上から話しかける。
普段の平服と違い、完全武装のヴァルターの姿を見たカチェットは動揺しながらも、ヴァルターの前で頭を下げて嘆願する。
「旦那様、どうかセバスチャン様を!
セバスチャン様を助けてください!」
カチェットの必死な姿に、普段の姿を知るヴァルターがその異常さを感じ、問いかける。
「待て、まずは現状の報告をせよっ!
……一体何があった?
報せを受けて急ぎまいったが……ラティは、我が娘は無事なのであろうな?」
「それは……」
ヴァルターの問いに、カチェットの目が泳ぎ何かを言おうとはするが、何も言えずに沈黙する。
その様子を見て、ヴァルターがエイダを呼びつけた。
ヴァルターに呼ばれ、嫌そうな顔でエイダがヴァルターの前まで来ると、矢継ぎ早にヴァルターが問いかける。
「……エイダ、状況を説明せよ。
まずは戦況、次にセバスの状態、現在の行軍目標だ」
「あ、えっと……その」
慌てた様子で、カチェットとヴァルターを交互に見るエイダに、ヴァルターの苛立ちを含んだ声がかかる。
「エイダ、時間が無い。
理解していないわけではあるまいな?
ならば貴様は、自らの職責を果たせ!」
静かだが、圧のこもった言葉に、口をパクパクと動かした後、エイダは何かを諦めた様子でバツの悪そうな顔になって話始める。
「……はい。
あのぅ……怒らないで聞いて下さいね?」
——それから数分後。
「——と、いう判断で現在撤退中です」
エイダからの報告を黙って聞いていたヴァルターが深くため息を吐いた。
「……つまり、セバスは判断を誤り負傷。
指揮を引き継いだカチェットが、更に判断を誤り撤退中と言う事か……」
「あの……ああいった状況ではですね、無理をすれば全滅もあり得るかと……だからカチェットの判断も支持は出来るかとぉ」
「確かにな……だが、セバスが道を開いた事、何故軽視した?」
ヴァルターの問いにエイダが窮していると、それまで黙っていたカチェットが叫んだ。
「そ、それはっ!
だって、あのセバスチャン様が負傷したんです!
ですから、セバスチャン様を助けないとなりません!
だって、セバスチャン様は我が家に無くてはならない人なんですもの……だから、私は……撤退、を……」
段々と声が細くなっていくカチェットを見て、ヴァルターが軍馬から降りてカチェットへと近付いて行く。
無言の圧を隠さずに近づいて来るヴァルターの姿に、カチェットはいい知れぬ恐怖が湧き上がるのを感じた。
「……ひっ、お、お赦しをっ!」
ついに目の前まで来たヴァルターを見上げ、カチェットの奥歯が鳴る。
ヴァルターはジッとカチェットを見据えると、少しだけ困った顔をしながら軽く息を吐く。
そして、カチェットの頭上にヴァルターの手の影が落ちる。
——ぽんっ。
「……へっ?」
優しく頭を撫でる手の感触と、微笑むヴァルターの姿……カチェットはその出来事に呆然とした。
「……大丈夫だ、セバスもラティも……全て私が何とかしてやる。
だから責めるな、その責めは当主である私のものだ」
そうカチェットに告げた後、軽くカチェットの肩を叩くと、引き締まった表情になったヴァルターが、担架で横になっているセバスチャンの下へと向かう。
そして、担架の上で意識がないセバスチャンの襟元を掴んで上体を無理矢理起こし、その左頬を思い切り平手打ちした。
「な、何をなさっているのですかっ!」
カチェット達が騒ぎ、制止しようと慌てて駆け寄ろうとするが、ヴァルターが一喝する。
「——何をだと?
見てわからんか!
こうやって寝坊助を起こしてやっておるっ!」
「……そんな無茶苦茶なっ!」
ヴァルターの答えに、エイダが額に手を当てて呆れた声で叫ぶ。
尚も平手打ちをしようとしたヴァルターの右腕に、カチェットが体ごと腕にしがみついて止める。
「お止め下さい、セバスチャン様が死んでしまいますっ!」
「大丈夫だ、セバスはこの程度で死なんっ!」
「お願いで御座います!
旦那様っ!」
必死にしがみつき嘆願するカチェットを振り解こうとヴァルターが動いたその時——
「……随分とキツいモーニングコールで御座いますね?」
苦しげに苦笑しながら言うセバスチャンを見たヴァルターがニヤリとする。
「戦場の礼儀だ、セバスならわかるだろう?
……で、どうだ?」
「……不覚をとりました、面目次第も御座いません」
辛そうに乱れた息でそう述べたセバスチャンの肩は震えていた。
「……ならば、まずはこれを飲め。
多少はましになる」
そう言ったヴァルターが、懐から小さな瓶を取り出してセバスチャンに渡す。
「……これは旦那様の!」
瓶を受け取ったセバスチャンが驚きに目を見開き、瓶をマジマジと見つめる。
「構わん、飲んだら寝ろ。
後はこちらで何とかする。
貴様は起きたら、ヴィオレッタと共に屋敷の防衛指揮をとれ。
……ラティの、娘の為にすまんな」
「——畏まりました。
貴重なポーションを……ありがとう御座います。
そして、不甲斐ない結果で誠に申し訳ありません」
セバスチャンは、瓶の中に入っていた琥珀色の液体を大事そうに飲み干すと、深々と頭を下げた。
だが、その拳は自身への怒りで震えていた。
セバスチャンのその様子を見たヴァルターは、敢えて何も声をかけずに、呆気に取られた表情を見せる使用人達に向かって声を張り上げた。
「皆の献身、我、アイゼンフェルト家当主、ヴァルター・フォン・アイゼンフェルトが感謝の意を示す!
今は事ならず、敗戦の屈辱にその身を震わせる者もおろう……だが、下を向くな、前を向け!
お前達の忠義を受ける我を見よ!
お前達の忠義、その献身、我が全て引き受けた!
胸を張り屋敷へと戻り、更なる忠義を示せ!
我、ヴァルター・フォン・アイゼンフェルトが、お前達の心と共に、必ずやお前達の願いを叶えようぞ!」
大きな歓声こそ上がらないが、ヴァルターの言葉を聞いた使用人達の目に生気が宿る。
ある者は隣の者と力強く頷き合い、またある者は枝を支えに立ち上がる。
そこには先程までの敗残兵の様な姿は無く、薄汚れ傷付きながらも、誇りを胸に意思を強く持つ精鋭の顔があった。
その変わり様に、満足そうに頷いたヴァルターは、軍馬に跨ると馬を歩かせ、近くで待機していた戦士団の前に出る。
「……我が精強なる戦士達よっ!
話しは聞いていたな?」
そこで言葉を切ったヴァルターがゆっくりと戦士達の顔を見まわす。
「……ならば多くは語らん。
目標は魔の森中腹にいると思われるじゃじゃ馬の救出!
道はセバスが切り開いた、後は進むのみ!
全軍、出陣っ!」
ヴァルターの命令に、大音量の返事で答えた戦士団がヴァルターを先頭に馬を走らせる。
見送るエイダの目に映るその光景は、確かに英雄譚の一節として映っていた。




