第三十一話 お嬢様、意地にも価値は御座います。
森の奥、カッツェの顔が悦楽に歪む。
その血塗れの手で持ち上げた女性の四肢は、既にあらぬ方向に曲がっており、破れたメイド服から覗く肌は赤紫色になっていた。
そんな状態の女性の腕を殴りながら、カッツェは急に冷めた顔になり問い掛ける。
「……貴女、実はかなり強情でしょ?」
「……わ、たしは……単なる、一般人です……よ?
それより、約束……忘れて、ませんよね?」
とびかける意識を、唇を噛むことで繋ぎ止めながら途切れ途切れに話す。
(……私の勝機はこれしか無い。
この人が約束を守るタイプに賭ける!
だから私……死んでも頑張れっ!)
「ふぅん……私に壊されないくらい、意志の強さには自信があるって事かしら?
面白いわね……一応、お名前を聞いても良いかしら?」
そんな姿に、少しだけ興味を持ったのかカッツェが問いかける。
「……沙織。ラティ……お嬢様の、専属メイド……ですよ、野蛮なひ——」
カッツェが話してる最中の女性を殴る。
「——ぐぁっ!」
苦痛に呻く沙織を冷たい目で見下しながら、カッツェが忠告する。
「……勇気と蛮勇を履き違え無いことね。
じやないと、あそこに転がるラティちゃんみたいになるわよ?
アタシだって、もっとラティちゃんと遊びたかったのよぉ?
なのにぃ、私が貴女如きの意志を壊せないだなんて、貴女が面白い事言うからぁ……萌えちゃうじゃない?」
カッツェが、近くで転がるラティを指差すが、沙織はそちらは一切見ずに愛想笑いすら浮かべて話す。
「……では、理解した、ので……そろそろ、お引き取りを……ダメ?」
「……ぷっ、あはははははっ!」
一瞬、呆気に取られた顔をした後、カッツェが大きな笑い声をたてた。
「やっぱり貴女、良いわねぇ?
……最高よっ!」
更に沙織の左腕を殴り圧し折る。
「……ぐぅっ!
そろそろ、スプーン……持てなくなるので、終わりません、か?」
沙織がそう言うのを聞いたカッツェが、感心した様な表情を見せた後に、真面目な顔になって問い掛けた。
「……その性格……貴女、魔族に興味は無いかしら?
貴女が望むなら、私のお友達にしてあげても良いわよ?」
「いえ、間に合ってます」
沙織に即答されたカッツェが口をポカンと開けて呆けた後に、目付きが鋭くなる。
「な、何よっ!
何で即答なのよぉっ!」
そう叫びながらカッツェは、沙織を地面に叩きつけた。
「——あべしっ!」
「……全く、どこまで強情なのよ!」
地面に叩きつけられ、不様に声を出した沙織を見ながら鼻息荒くカッツェが叫ぶ。
だが、沙織は——
「……ふへへへ、やり、ましたね?」
沙織がカッツェを見ながらニヤリと、血に滲んだ口許を緩ませた。
「な、何よっ……あっ!」
ハッとした顔になるカッツェに、沙織が宣告する。
「さ、いしょ……交わした約束、守って……下さい」
「……私は貴女の意志を壊す。
貴女は、私が手放すまで壊されなければ勝ち……だったかしら?
貴女のご主人様、簡単に意識を手放したから、貴女ならもっと楽勝だと思っていたんだけども……」
「やく、そくは……約束、です」
「わかったわよぉ、アタシも今回はお使いのついでだし、あまり長居すると五月蝿いのも来るしねぇ……良いわ、お使いは既に済ませてあるし、今回は退いてあげる。
……貴女の勝ちよ、誇りなさい」
「……へへっ」
沙織は、ほとんど動かない体を横たえながら、その顔に笑顔を浮かべた。
「しかし、「美味しい物食べれなくなるから顔とお腹は殴るな」だなんて、貴女って変な子よねぇ……。
まぁでも……また遊びたい子が増えちゃったわねぇ」
そう呟きながら、沙織の全身を蛇の様な目で舐め回す様に見ながら、カッツェの体全体が透け始める。
その姿を朦朧とする意識で、見るとも無く眺めていた沙織の視界が暗転する。
(……あ、これってヤバいやつだ……でも、何とかなったし、私、頑張った……よね……)
そして沙織の意識は、そのまま暗闇へと沈んで行った。
「……全く、主従揃って無茶をしよる」
ラティと沙織以外に誰も居なくなった筈のこの場に、先程まで居なくなっていた魚の声が聞こえる。
「……お主、この状況で我らの所に来たんか?」
近くの血溜まりから亀が顔を出して、呆れ気味に魚に問う。
「いや、蔵六殿!
この通り、今のワシはか弱い鯉故、あの変態蛇の相手なんぞ出来んわ!」
「まぁ、それもそうか……それよりも、何故血溜まりなんぞに道を繋ぐかのぅ」
「ワシの能力は、あくまでも水の中にしか道を作れぬ。
故に仕方無かろう?」
亀と魚が会話する横を、キョロキョロと辺りを見回したいぬっさんが鼻をヒクヒクさせる。
「うわぁ、ここ臭いよ!」
血溜まりを通った時に濡れた体を震わせて汚れを飛ばしながら、いぬっさんが嫌そうな声を上げる。
「……さて、まずは……」
血溜まりから完全に出た亀が首を伸ばすと、沙織とラティの体が緑色の光の球に包まれ、そのまま宙に浮かぶ。
「蔵六殿、そのままこちらへ」
魚がそう言うと、ラティ達がそのまま魚の目の前まで運ばれてくる。
「全く、二人揃ってどこから手を付けて良いか判らんのぅ」
そう言いながら魚が中空でクルリと回ると、ラティ達の体が淡い青色の光に包まれる。
「……キラキラしてるね?」
いぬっさんがその光景を眺めながら嬉しそうに言うと、魚が呆れた声色でボヤく。
「……犬よ、お主はなんで着いてきたんじゃ?」
「だって、みんなセバスチャンの所に行くと思ったんだもん!」
全く悪びれずに答えたいぬっさんの顔は、何故か得意気だった。
「アレがそんな良いかのぅ?
そう言えば……鳥はどこじゃ?」
魚がいぬっさんを理解不能なものの様に見ながら、鳥の姿が見えない事に気付いた。
その魚の言葉を聞いた亀が怒りと共に叫んだ。
「……あ奴め、抜け駆けしおった!」
——同時刻、魔の森外縁部。
カチェット達、屋敷の救援隊が負傷したセバスチャンを中心にして辺りの林を警戒しながらも急いで屋敷へと向かっていた。
使用人達は、誰もが口数少なく、辺りには足音と布ずれの音だけが響いていた。
そんな使用人達の中で、エイダがカチェットに話しかけた。
「ねぇ……お嬢様の捜索、どうするの?」
エイダの言葉に、カチェットは俯き顔を歪ませる。
「……仕方ないでしょ、セバスチャン様が居なくちゃ……私達だけでこの森は無理よ」
「でもさぁ、セバスチャン様……怒ると思うよぉ?」
カチェットを心配そうに見ながら、エイダが控え目に話すと、カチェットは俯き、歩く速度を速めながら答える。
「……だって……セバスチャン様なら、きっと冷静に判断して下さる!
……いつもそうだったもの……」
「……カチェット、自分で信じてないことを理由にする。
私は、それは良くないと思うよぉ?」
眉を潜め、そう忠告するエイダを煩わしく思いながらも、カチェットはエイダの言葉には答えずに、ただ淡々と撤退の指揮を取る。
『セバスチャンならわかってくれる』と、自分でも信じていない根拠を信じて……
そして、そんな一行に意外な訪問者が現れた——




