第二十六話 お嬢様、それは蛮勇で御座います。
深い森の中、悍ましい景色の中、お嬢様が舞います。
巨体を誇り、本能のまま振るわれる腕を、その細腕に持つ二本の木の枝で払い、いなし、隙あらばその枝を敵に突き立てる。
お嬢様が腕を振るたびに、巨体が吹き飛び、猿たちが吠えて威嚇しています。
そのお姿はまさに、お伽話に出てくる英雄の姿でした。
……そんなお嬢様を見ている事しか出来ない自分。
なんと不甲斐ないことでしょうか……
感覚の麻痺した左腕に力を入れてみますが、手答えがありません。
上体を起こそうとお腹に力を入れてみますが、返ってきたのは口から漏れ出る血が増えただけでした。
……私は考えます。
どうすれば……何故私はこんな状態に……
——色々と考えた結果、私は思いました。
正直なところ、そもそもの原因がお嬢様に有る以上、私的には被害者なんですが?
……失礼しました。
お嬢様にはこれが終わったら、是非ともお見舞いにスイーツを頂きたく思います。
だからお嬢様、生きてください。
「……幸せに……」
薄れゆく意識の中、私はずっとお嬢様を見詰めます。
今度こそ、恩人の顔を忘れないように……
——沙織の声は、もう聞こえていませんでした。
重傷の沙織を背に、あれからどのくらいの時が経ったのでしょうか?
辺りを見渡せば、猿たちの無惨な死体が何体も転がり、折れた枝が辺りに散らばっています。
私は、荒い息を吐きながら、新しく手にした枝を軽く振る。
「——んがぁぁああっ!」
また一匹、右から飛び込んできた一体を手にした枝で薙ぎ払います。
枝から伝わる感触で、肋とその中身に致命的な外傷を与えた事がわかりますが、次々と向かってくる猿たちへの対応で、ゆっくりと確かめる余裕はありません。
猿の爪を紙一重でかわし、その首筋に枝を叩き込むと、手には硬いものを砕いた感触が残ります。
更にもう一匹をかわしざま、その延髄に踵を叩き込む。
「連係がなっておりませんわっ!」
既に大量の汗とスキルの使い過ぎによる筋肉の痙攣が起こっておりますが、そんな事は関係ありません。
私は、武の誉高きアイゼンフェルト家の次期当主、ラティ・フォン・アイゼンフェルトなのですわ!
「私は、私の正義を絶対に諦めませんですわ!」
そう叫ぶと、私は猿たちの群れに対し、怒声を上げ睨み付ける。
猿たちの中で、一回り大きな体躯をした猿が私を指差して吠え立てています。
「……人様を指差すなんて、礼儀がなっておりませんわね?
ヴィオレッタが見たら大変ですわよ!」
そう言いながら、こちらに向かって来た一匹の腕を叩き落とす。
「手癖が悪いですわ!」
骨の折れる鈍い音が聞こえましたが、一々構っていられませんわ。
私は一心不乱に猿たちを物理的に指導していきます。
途中、何度か枝が折れたりしましたが、辺りにある倒木から幾らでも補充出来ますし、何ならこの拳と脚がありますわ。
「さあ、次に私に指導されたいお猿さんは誰ですの!」
——こうしてお猿さんの腹を手刀で貫くのは、もう何匹目でしょうか?
付近には、まともな状態の枝や倒木なんて無く、私は己の肉体のみでお猿さんたちを倒すしか無い。
既に自分の呼吸音すら、激しい心臓の音に掻き消されて久しく、両腕も内出血で赤黒いマダラ模様になっていますわ。
狭まる視界で、改めて辺りを見渡せば……自分の近くに動くものは無くなってましたわ。
「……やっと、静かに……なりましたわ」
良く働かない頭で、もう一度状況を判断しようと辺りを見渡すと、私の足下にあの一回り大きなお猿さんが、首を折られて倒れていましたわ。
「いつの間に、こんな……」
改めて自身の手を確認しますと……まともな指は、親指だけですわね。
あとは何か変な方向に曲がっておりますわ。
足も……ええ、これだけ変色して腫れ上がっているという事は、折れていますわね。
「……これが、満身創痍というヤツですのね?」
そう他人事みたいに言うと、私の視界がひっくり返ります。
空を見上げた視界に、自分が仰向けに倒れた事に気付きましたわ。
そして、痛みも感覚も無い事にも……
「……私は、死ぬのでしょうか?」
抗えない重さを感じる瞼が下りる。
視界が遮断され、最早何も見えない暗闇と化した世界に、聞いた事の無い声が響いた。
「……なんじゃ、オマエさん死にたいのか?」
「死にたくは……ありません。
だって、私はまだ私の正義を証明出来ておりませんから!」
あまりに気の抜けた声だったので、思わず答えてしまいましたわ。
「ふむ、なら生きりゃええ。」
「ですが、私、満身創痍ですの……」
そんな状況では無い筈ですのに、何故か声に答えてしまいますわ。
「……ふむふむ、そりゃあ大変じゃのう。
やはり、痛いんか?」
「いえ、既にまともな痛みを感じませんの。
ですから、余計に……って、誰かおりますの?」
興味本位で聞いてくる声に、私はやれやれといった形で口を開きながら、この状況のおかしさに気付きましたわ。
「そりゃあ、誰も居らんのに話しておったら、周りから見ればかなりの可哀想な子じゃな?
じゃからな、取り敢えず寝とらんで目を開けんか?」
私は、言われた通りに目を開けようとしますが、最早力が入りません。
と、言いますか……私、この状態で何故話せるのでしょう?
まぁ、話せるのは良い事、気にしない事に致します。
「……開ける力も残っておりませんわ」
「それは困ったのぅ?
……ではオマエさん、最後に何を望む?」
「……私は——」
その後、私の意識は暗闇へと堕ちて行きましたわ。




