第二十五話 お嬢様、それはなりません。
——魔の森と皆さんが呼ぶこの森。
私は腰に下げた片手剣の柄に手を置きながら、森の小道を歩いている。
「お嬢様、昨日の今日ですよ?
さすがにまずいですよ!」
後ろから沙織の必死な声が聞こえてくるけど、私は諦めませんわ。
「昨日は昨日、今日は今日。
私の正義を成す為に必要なのです、私が諦める理由がどこにあると言うのです?」
「お嬢様ぁ……」
力説する私を見た沙織が、更に情け無い声をあげて嫌そうにしてますわ。
ですが、今日の私はそんなことで挫けませんですわ。
ですので、沙織に発破をかけることにしますの。
「そんな情け無い声を出しても駄目ですわ。
今日こそ、手答えのある魔物を狩りますわよ!」
「危ない事はやめましょうよ!
また昨日みたいに、森の入り口付近で良いじゃないですかぁ……」
「それこそ、昨日みたいにすぐ見つかりますわ!」
「……そんなぁ」
私の的確な指摘に、沙織が答えに窮していますわ。
ですので、ここで畳み掛けて一気に目的へと向かってしまいましょう。
「情け無い声を出してないで、さっさと行きますわよ?」
そして私は、愚図る沙織を引き連れ、森の奥へと意気揚々と進んで行く事にしましたわ。
——同時刻
森の中を一人彷徨い歩く男がいた。
身形の良かったであろうその姿は、全身血濡れ……まるで、頭からバケツか何かで血を被ったかの様な酷い姿であった。
「——きひっ、きひひ……」
男は歩く、その両の手で楕円形の石を抱き締めながら、ぶつぶつと呟き、彷徨い歩く。
その行先は……
——小一時間後
森の奥、乱立する木々の間を下草を跳ねながらラティは走る。
道なき道、微かに踏み固められた獣道を、ラティは沙織を背に走り続けていた。
「……しつこい方ですわね。
こちらは、沙織を早く医者に見せなければならないと言いますのに……」
ラティは、その背に感じる重さと温もりを確かめながら、道なき道をひたすらに駆ける。
その背後に最大の注意を払いながらも、その速度は落ちることは無いが、その先に広がっていた光景に、ラティは思わず足を止めた。
「……なん、ですの……これは?」
追われて走った先、森の奥にその空間は広がっていた。
木々が薙ぎ倒され、大きく拓けた空間の地面には倒木と何かの一部だった物が散乱し、それらは全てドス黒い赤に染まっていた。
嗅ぎ慣れない鉄の様な臭いが充満するなか、ラティは足を止め、呆然とその光景を見ていた。
「……っ!」
ラティが咄嗟にその場から飛び跳ねると、ラティと入れ替わるかの様に、ラティが居た場所に倒木が突き刺さる。
ラティが倒木が飛んできた方を見ると、そこには三メートルはあろうか、巨大な猿に似た生物がその目を細めながらラティたちを見ていた。
「……お猿さんの癖に」
ラティが悔しそうに呟きながら猿を睨み付ける。
ラティからの視線を愉快そうに受けながら、猿が筋肉質なその太い両手で自身の胸を叩き、太鼓の様な音を鳴らすと、すぐに周りから複数の同じ様な音が返ってきた。
「……本当に、厄介な数ですわ」
ラティの手が、無意識に腰へと伸びるが、そこにはあるべき物がなかった。
「せめて、剣さえあれば……やはり、数打ちは耐久性に問題がありますわ」
そうラティがボヤいている間に、ラティを囲む様に猿たちの数は増え続けていた。
「これは、燃える展開というヤツかしら……」
「……お、お嬢様」
内心焦るラティの背から、聞き慣れた声がかかる。
「気が付きましたか?」
即座にその声に反応したラティに、沙織が途切れ途切れに、だが確かな意思で話しかけてきた。
「わ、私を……ここで降ろして下さい。
このままでは、お嬢様、が——」
「——怪我人は、黙って居なさい。
私の庇護下にある者を見捨てるなんて、私の正義が許しませんわっ!」
沙織の言葉を遮り、怒りの感情を滲ませてラティが叫ぶ。
「……でしたら、私を、ここに降ろして下さい。
ふた……りで、戦った方が、早い……ですよ?」
ラティの言葉と態度に、沙織がいつもの口調を意識して提案した内容に、ラティの表情が曇る。
だが、沙織の生存を優先的に考えたラティは提案する。
「……あそこの岩場、そこで貴女を隙間に置きます。
出来るだけ早く殲滅しますから、絶対に無理はしないで下さいね?」
「わかって……います。
お嬢様じゃ……無いんです。
私が、無理する訳……無いじゃ、無いです……か」
「……そこまで軽口を叩けるなら、大丈夫ですわね?
それでは、行きますわよ」
ラティが鋭く地面を蹴り、木の根が絡む岩場へと進路を切る。
周りを囲む猿たちが、ラティの動きを見て奇声をあげて興奮を露わにする。
猿たちが騒ぐ中、無事岩場に移動したラティは、その隙間に沙織を横たえる。
酷く折れ曲がった左腕に、腫れ上がった脇腹、沙織の状態を確認しながらも、ラティは下唇を噛む……その表情は今にも泣き出しそうであった。
「お、嬢様……わた、しは大丈夫、です」
掠れた声でそう言って微笑む沙織を見て、ラティは目元を拭うと、無理矢理笑顔を作った。
「ここで少しだけ休んで居なさい。
私がサクッとお猿さんたちを躾けて来ますわ」
「……はいっ!」
沙織の返事を受けたラティは、近くに転がる倒木の枝を二本折り、両手に持つと軽く振って感触を確かめ、沙織を背に構えると大きな声で宣言した。
「我が名は、ラティ・フォン・アイゼンフェルト!
我が正義の名の下、我が家族に危害を加えんと欲する全てに対し、掣肘を加えますわ!
手心は有りません、その覚悟があるならばかかって来なさい!」




