第二十四話 お嬢様、慈悲は御座いません。
領都から北に数時間、そこには魔の森と呼ばれる森林地帯があった。
背の高い木が多く、数年前までは林業を生業とする者達の仕事場として有名であったが、魔物の大侵攻後は危険な場所として誰も近寄らなくなっていた。
そんな森の中、使われず放置された林道を武器を手にした集団が、中央に配置された荷馬車を守りながら進んでいた。
その荷馬車に乗る、やけに豪華で仕立ての良い服を着た若い男に、集団で唯一全身鎧を着た壮年の男が声をかける。
「……坊ちゃん、あと少しでアイゼンフェルト領都です」
男の言葉に、若い男が眉間に皺を寄せたあと、髪をかき上げながら注意する。
「バルタザール、坊ちゃんはやめろと言っているだろ?
僕にはボルテ・フォン・ケチノスという、格式高い名前があるのだからな!」
「失礼しました。
それにしても、良くぞこんな物を見つけましたなぁ」
バルタザールが、荷台の幌を見ながら感心する。
その姿を見て、機嫌が良くなったボルテが、自慢げに口を開いた。
「我がケチノス家にかかれば、このくらいの事、朝飯前さ!
これを王家に献上すれば、我がケチノス家はその功績で伯爵に叙任されるのも確実だろうさ」
「伯爵ですか……そんなに価値がある物なんですなぁ?」
「そりゃそうだろう。
なんと言っても、伝説上の生き物の核と卵だからな」
「はぁ、そりゃ凄い!
ですが私は、ここまで運ぶ間に何度も襲ってきた魔物の方が気掛かりですな」
「貴様は馬鹿か?
だからこそ、この人数なんだろ?
我が子爵領でも指折りの傭兵団に、我が子爵家一の槍の使い手であるお前、まさに完璧な布陣だろう。
それに、ここは他領だからな、何かあればここの領主の責任問題にすれば良いだけだ」
「……さすがはボルテ様!」
「はーはっはっはっ!
もっとだ、もっと僕を褒め称えたまへ!」
暗い森にボルテの笑い声が響くのであった。
――その頃、魔の森領都側付近。
森の入り口付近の草地で、ラティは狼型の魔物と対峙していた。
手に持った数打ち品の片手剣を水平に構えたラティに対し、威嚇のためか、姿勢を低くし喉を鳴らす魔物。
ラティがじりじりとその距離を詰める中、後方に控え顔を青くする沙織。
ある程度距離を詰め、ラティの剣先が誘うように揺れる。
魔物の視線がその剣先に移った瞬間、ラティの姿が沙織の視界から消え、再び現れた時には、既に魔物の首は地に落ちていた。
その音を聞いて構えを解いたラティに、沙織が泣きそうな声をかける。
「お嬢様ぁ、やっぱり帰りましょうよ?」
「帰りたいなら、沙織だけで帰っても良いですよ?」
「そんなぁ……それじゃ私が怒られるじゃないですか!
お嬢様が一緒なら、お嬢様がメインで怒られるので、私の為にも一緒に帰りましょうよ」
「……それを聞いて、一緒に帰る人はいないでしょう?」
「それでも帰ってくれるのがお嬢様だと、私は信じていますよ」
沙織がニコリと微笑む。
ラティはその沙織を見詰め、聖母のような笑みを浮かべると、優しく話し始めた。
「……嫌よ」
「そんなぁ……」
ラティの返事に、露骨にがっかりして見せる沙織を見て、苦笑するラティがそのまま沙織に話しかける。
「私に足りないのは、経験なのです。
ですから、こうして実戦経験を積まないと駄目なのですわ」
「ふぇっ?
でも、お嬢様は毎日セバスチャンさんと戦っているじゃないですか?
あの人外紳士、多分魔物より圧倒的に強いですよ?」
「確かに、あの人外セバスからは毎日修練を受けていますけど、それはあくまでも練習ですわ」
いまいち理解していない顔の沙織に、ラティは少しだけ考えてから説明を続けた。
「つまり、本気の殺意……わかりやすく言えば、怖さの有無ですわ。
これに慣れないと、いざという時に体が動きませんの。
その怖さに慣れるために、魔物狩りはちょうど良いのですわ。
と、前にセバスが言ってましたわ」
「でもでも、お嬢様がそれに慣れる必要は無いじゃないですか?
お嬢様は護られる存在であって、何かと戦うなんて危ないことは、戦士団の仕事ですよ!」
沙織がそう言うと、ラティは少しだけ困った顔をした。
「そうなんですけど……セバスが言うには『護られる側が動けるかどうか?』これが結果を決めるらしいですわ」
「じゃあ、セバスチャンさんについてきて貰うのが一番じゃないです?」
「――沙織の言う通りで御座います」
「「……ひぃっ!」」
沙織の言葉を肯定する言葉に、二人が悲鳴をあげる。
「斯様な場所で護衛も付けずに、一体何をしておられるのですか?」
そこには、明らかに怒りを抑えた表情のセバスチャンが立っていた。
「せ、セバスが何故いるんですの!」
「わ、私は、ちゃんとお諌めしてました!」
「あ、沙織!」
狼狽えるラティに、即座に言い逃れをする沙織、二人を見て微笑むセバスチャンが口を開く。
「……大丈夫です、お二人ともにちゃんとお話をさせて頂きますので——」
「せ、セバス?」
「セバスチャンさん?」
「さあ、まずは講義をさぼられた為に、ずっとお部屋で待っておられるヴィオレッタ様の所に行きましょうね?」
作り笑顔を崩さないセバスチャンの圧に、震えていた二人の顔に更なる絶望の色が乗る。
「セバスチャン、これには深い事情が……」
「はい、大丈夫で御座います。
お嬢様の言い分も、ヴィオレッタ様ならきちんと聞いて下さいます。
……私も、ちゃんと聞きますので、ご安心下さい」
頭を抱え、絶望するラティを見た沙織が、咄嗟に口を開く。
「じゃ、じゃあ、私はお屋敷に戻ったら仕事を……」
「沙織さんにも、ヴィオレッタ様からお話があるみたいですので、お仕事の事は気にしないで大丈夫ですよ?」
「「……じ、慈悲を!」」
「さあ、帰りますよ」
二人はセバスチャンに抱えられ、最速で屋敷へと戻るのであった。
——その夜、魔の森外縁部にて
「ば、バルタザール!」
「……坊ちゃん、これはっ!」
深い森の中、ボルテが乗る荷馬車を中心に、円陣を組んでいた護衛の傭兵達が次々と倒れる。
傭兵達は、武器を震える手で握り締めたまま、絶望にその顔を染めていた。
目の前には……




