第二十三話 お嬢様、恋に師匠なしで御座います。
「そんな事で騒いでいたのですか?」
セバスチャンを筆頭に、全員が正座をする中、一人呆れ顔で立つヴィオレッタが、内心の呆れを隠しもせずに溜息を吐く。
「でも、私にとっては死活問題なんです!」
「……お黙りなさい!」
「ひゃいっ!」
沙織の必死な訴えをぴしゃりと一言で黙らせたヴィオレッタが額に手を当てる。
なんとも言えない表情になったヴィオレッタを見たラティがボソッと溢した。
「私は、別に正座しなくても――」
「……お嬢様、何か仰いましたか?」
「いえ、主人として、監督不行き届きを痛感し、反省致しております!」
何かを察したラティがハキハキと答える中、セバスチャンが口を開く。
「私はっ!」
「セバスチャンは、この後お話があります」
「……あ、はい……」
何となく元気がなくなったセバスチャンを尻目に、ヴィオレッタが端の方で大人しく正座しているエイダを見た。
「ところで、何故エイダさんがここに?」
「私はぁ、同室の沙織を止めようとしただけかな?」
「そうですか、ならばエイダさんは自分の持ち場に戻って頂いて宜しいですわ」
「うぃっす」
そう返事をしたエイダが、そそくさと部屋を出て行こうとするその背に、沙織とラティが不満をぶつけたが、エイダは小さく手を振って何食わぬ顔でそのまま出て行った。
「「エイダだけずるいっ(ですわっ)!」」
「……何がですか?」
「「……何でもありません」」
鼻息荒く不満をぶつけた二人だったが、ヴィオレッタの一言で黙って背筋を正すだけで、他に何も言わなかった。
――その夜、当主執務室にて
「……使用人の福利厚生?
福利厚生とはなんだ?」
重厚な執務机上の書類を処理する手を止めずに、ヴァルターが問う。
一歩下がった位置にて報告を行なっていたヴィオレッタが口を開く。
「はい、使用人達は日々屋敷という限定された職場にて生活を行っております。
衣食住、全てにおいて過不足なく、給金に関しても他の貴族邸より劣ってはおりません。
これもひとえに旦那様のご慈悲と人徳によるものと、使用人一同、感謝の念に耐えません」
「……ふむ、ならば何も問題はなかろう?」
書類から目を離したヴァルターが、改めてヴィオレッタを見る。
「はい、若い使用人以外には、まず問題御座いません」
「その言い方だと、問題が有るように聞こえるが?
……間怠っこしい遣り取りを、私は家でもするつもりはない。
お前が必要と判断したなら、さっさと話せ」
「では、旦那様のお許しを得てご説明申し上げます――」
ヴィオレッタは、語気を強めるヴァルターの言葉を聞きながらも、淡々と用意した資料をヴァルターへと差し出して説明を始めた。
――それから小一時間後。
ヴィオレッタからの報告と提案を受けたヴァルターは、何とも言えない苦い顔で問いかける。
「――出会いが無いだと?
……私は、使用人の結婚相手まで世話してやらねばならんのか?」
「何も、旦那様が直接何かをする義務は御座いません。
ですが、家人の不満を前もって無くす……または、緩和する事は、人の上に立つ者としての素質の一つかと」
眼鏡の位置を軽く直し、資料片手にヴィオレッタは答えた。
「……義務ではなく、素質か」
「はい、素質で御座います」
「そう言うということは、既に案はあるのだろう?」
再度ヴィオレッタを見たヴァルターの顔は、先程とは違い笑っていた。
それを見たヴィオレッタも、少しだけ表情を緩めてヴァルターの求めに応じる。
「……勉強会の開催、もしくは大手商会との職場交流が適当かと」
「なるほど、使用人の福利厚生を中心に据えながらも、商会との伝手を強化する事で、領内の経済基盤を補強するか……」
その後も二人の話し合いは、夜遅くまで続いた。
――同時刻、とある場所。
鬱蒼とした深い森の奥、天をも突かんとばかりに伸びた枯れ木の巨大な虚の中にそれは居た。
老いた身を丸め、懐に抱いた小さな卵を大事に暖める。
かつては生命力に溢れ、艶やかであった鱗も既に輝きを失い、その鋭さで切れない物は無かった爪も、既にぼろぼろになりヒビ割れている。
だが、その知性を司る瞳の輝きだけは、未だ色褪せず輝いていた。
そして、その瞳が異形を捉えた。
「……何者か?」
掠れた声で誰何する。
「……首を貰いに」
「こんな死にかけの首、価値なんぞあ――」
異形が腕を振るう……。
その光景を最後に、瞳の輝きは潰えた。
後に残るは異形の笑い声のみであった。




