第二十一話 お嬢様、謙虚さこそ美徳で御座います。
春の日差しが柔らかく照らす。
アイゼンフェルト家の本邸の庭では、剣戟の音が響いていた。
長い金髪を一つに結び、幼さの残る顔に獰猛さを滲ませた少女が、手にした模擬剣を斜に構えた。
対する初老の男は、黒の執事服を身に纏い、だらりと下げた模擬剣の剣先をゆらゆらとさせる。
少女と男は、互いに視線を交わし、剣呑な空気を醸し出す。
少し離れた所で控える黒髪のメイドが口を開いた。
「……はじめっ!」
その声と共に少女が仕掛ける。
気合い一閃、斜に構えた剣を袈裟懸けに振るう。
対する男は、迫り来る剣を半歩右に引いて交わすと、そのまま手にした剣で相手の剣先を左に叩く。
剣先を流された少女は逆らわずに地面を蹴り、そのまま遠心力として流れを取り込み、更に苛烈になった剣を空中から男に叩き込んだ。
たまらず剣で受けた男に、少女は空中で更に回転しながら二撃、三撃と男の剣に叩き込む。
男は受ける剣の角度を細かく調整しながら、左へ左へと円を描く様にずらしていく。
三撃目が弾かれた時、少女の正面には男はおらず、四撃目へ繋ごうとして、少女の剣が一瞬だけ止まる。
「……これで終わりで御座います」
男の声が少女に届いた時、咄嗟に左肩付近に構えた剣は、ろくな抵抗も出来ずに、強烈な一撃と共に少女の体を地面に叩きつけた。
肺の中の空気全てが一瞬で出て行く感覚を感じながら、少女の華奢な体は地面で何度か跳ねた。
「連撃は良いですが、視野の狭さが今後の課題ですね」
「……相手がセバスで無ければ勝っていましたわ!」
少女は地面に転がったまま、不満を漏らす。
黒髪のメイドが、あの頃より成長した少女の姿を見ながらぼやく。
「あのですね、私などから見れば、どちらも有り得ないんですが……」
「そう?
沙織だって鍛錬すれば、このくらい出来ますわよ?」
「……いえ、私まだ人間辞めるつもりは無いので」
「さて、ラティお嬢様、休憩にはまだ早いですが……いかがなさいますか?」
ラティは、セバスチャンの問いに対して無言で起き上がると、模擬剣を構えた。
「……宜しい」
一言だけそう言うと、今度はセバスチャンも模擬剣を構える。
その構えは、先程までのラティの構えと同じ、斜に構えた姿だった。
「……一つ、芸を見せましょう」
そう言った瞬間、セバスチャンの姿がラティの視界から消える。
ラティはすぐにバックステップで下がると、剣を中段に構え、視線だけで辺りを警戒する。
影が顔にかかる……ラティはすぐに剣を頭上に構え直す。
――ラティの剣に衝撃と重圧が同時にかかる。
それは一瞬の出来事で、その後二度三度と同じ重撃が襲いかかり、ラティは上を向く余裕もなく、ただ耐えるだけで精一杯であった。
暫しの間、歯を食い縛り耐えていたラティだったが、遂に耐え切れずに片膝をついた所で、重撃が消え、首筋に剣が当てられる。
「このように、やるならば主導権を握るのが正解です」
ラティが声のした方を見上げると、そこには涼しい顔で剣を構えるセバスチャンの姿があった。
「……本当に五十歳越えてますの?」
ボソリと呟くラティの様子を見て、セバスチャンが口を開いた。
「さ、次はお嬢様の番で御座いますよ?
……あるので御座いましょう、奥の手が」
「セバスには御見通しという事ですか……」
ラティはゆっくりと立ち上がると、服に着いた汚れを払い、ゆっくりと深呼吸をした。
「セバスも年なので遠慮しておりましたが……」
「――そう言う事は、勝ってから言う事です。
今仰っても、かえって弱く見えるもので御座います」
「じゃあ、弱いかどうか――」
ラティが獰猛さを隠さず笑う。
そして両手で自身をかき抱く様に両腕をなぞると、ラティの両腕に金色の光が浮かんで消える。
「……ほぅ、そう来ましたか」
その様子を見たセバスチャンの目が細まり、両手で剣を構えた。
「――行きますわ!」
ラティが剣を構えてセバスチャンへと走る。
二人を見ていた沙織は首を傾げた。
「……先程より遅い?」
沙織がその疑問を抱いた直後、剣がぶつかった瞬間にその意味が理解された。
「――ぐぅっ!」
ラティの剣がセバスチャンの構えた剣に当たった瞬間、セバスチャンが剣ごと吹き飛ばされた。
飛ばされたセバスチャンが勢いを殺しながら着地した時には、既にラティが目の前に迫っており、ラティは勢いそのままに振り被った剣を振り下ろす。
ラティの攻撃を受け、再度吹き飛んだセバスチャンが剣を突き立て勢いを殺す。
「セバス、私の正義の剣は如何かしら?」
片膝をついたセバスチャンに、ラティがドヤ顔で問いかける。
「これは正義の剣ではなく、蛮族の剣で御座いますね」
「……負け惜しみかしら?」
「……なんとも下品な物言いで御座いますね?」
「ふふ、ふふふふふ……やった、やりましたわっ!
ついに、ついにセバスに勝ちましたわっ!」
飛び跳ね、全身で喜ぶラティを見たセバスチャンは、少しだけ口角を上げると、ゆっくりと立ち上がる。
「……実にお見事で御座います!
お嬢様の研鑽、このセバスチャンめには良くわかります。
お嬢様のスキル習熟度も、お見事です」
「そ、そう?
ありがとう、セバスチャン!」
「……ですが、お嬢様の剣は未だ道の途中、余計な慢心はよくありませんな。
ですので、ここからは私もお嬢様に合わせて、少しだけ本気を出しましょう」
そう宣言したセバスチャンの圧が高まるが、浮かれるラティはそれに気付く事は無く、得意気な顔でセバスチャンに軽口を叩いた。
「少しだけって……全力で来ても、私は問題ありませんわよ?」
そのラティの態度を見たセバスチャンの目が細まる。
「なるほど、ではお言葉に甘えまして……」
「さあ、かかって来ると良いわっ!」
そう言ってラティが先程と同じくセバスチャンへと襲いかかる。
「へっ?
お嬢様、かかって来いと言ったのに……」
何故か襲い掛かるラティのその姿を見て、沙織が驚愕の声をあげる。
セバスチャンは剣を腰だめに構えると、そのまま迫り来るラティを見据えた。
「本来は、この剣でやる様なものでは無いのですが……」
そう呟いた後、ラティが上段に構えた剣をセバスチャン目掛けて振り下ろそうとした直後、セバスチャンが凄まじい速さで抜刀と納刀を終えると、目の前のラティが膝から地面へ崩れ落ちた。
「……まだまだ、弟子には負けません」
倒れたラティを見て、どこか満足げに言うと、倒れたラティの世話を沙織に任せ、セバスチャンは自身の手を見つめる。
「……しかし、剣を教えて六年……今年で十一歳とはいえ、お嬢様の成長には、目を見張るものがありますね」
その手は微かに震えていた。




