二章開始前、ヴィオレッタ先生の特別講習
「……はい、皆様方、お久し振りで御座います。
私は、アイゼンフェルト子爵家ご令嬢、ラティ・フォン・アイゼンフェルトお嬢様の教育係を仰せつかっております、ヴィオレッタと申します」
午後の日差しが差し込む教室の教壇にヴィオレッタが黒板を背に立ち、室内を一瞥する。
普段通りの落ち着いた深い緑の上質なドレスを纏い、眼鏡をかけた姿は、まさに教育者然としていた。
「さて、旦那様より、ここにおられる皆様方に、不在時のラティお嬢様のこれまでのご様子を、報告して欲しいとの事……」
そこで一度区切ったヴィオレッタが、黒板に『愛情』と、大きく書いた。
「つまり、愛情で御座います。
……何を言っているのか?と、思われるでしょうが、ラティお嬢様の事を語るならば、まさにこの言葉が相応しいので御座います」
そう言いながら、教壇に用意された資料を手に取り開く。
「まず、誤解が無いように申しておきますが、当家のお嬢様は、些か、かなり、いえ……だいぶ個性的なお方で御座います。
何故か、お庭で生き物を拾って来ます。
今までに、鳥、亀、最近では犬も拾っております。
はい、とても愛情深い行動で御座います」
和かな笑みでそう言い、最後に小さな声で「……特に子犬を大事にするのは良い事です」と、こぼした。
「次に、ラティお嬢様は、同年代の貴族のお嬢様方と比べると、とても健康的に育っております。
これは、当家の筆頭執事である、セバスチャンの愛情と薫陶を深く受けておられるからで御座います」
「そして、他人を思いやり、自ら率先して動かれます。
子犬を守るために、一人熊型の魔物に挑んで撲殺した……はて、撲殺とは?
沙織さん、この資料……まぁ、そうなのですね?」
教室の隅に控えていた沙織がヴィオレッタの側に行き、何事かを話すと、ヴィオレッタは驚きながらも納得し、再開する。
「では、続きを……あ、沙織さん、後でこの件の説明を聞きますので、セバスチャンに伝えておいて下さい。
失礼しました、話を続けます。
その後も、ラティお嬢様は街に出かけると、狼藉を働いていた子爵家のボルテ様を詰め所にて成敗し……
……子爵家のご子息を?……成敗とは?
まぁ、セバスチャンと一緒にで御座いますか?
……と、取り敢えず、このように当家のラティお嬢様は身分に拘らない、自身の芯を持った令嬢で御座います」
一旦手元の資料を閉じたヴィオレッタは、目を閉じて深呼吸を繰り返す。
そしてゆっくりと目を開くと、再度資料を開いた。
「さて、次に申しますは……その知性で御座います。
一般的な教養として、算術、歴史、礼儀作法、ダンス、音楽に剣術……剣術とは?」
またまた沙織を呼び寄せて説明を受けるヴィオレッタの顔には、最初ほどの驚きは無かった。
「……確かに、我がアイゼンフェルト家は、武門のお家で御座いますしね。
次期当主としての当然な嗜みで御座いますわ。
さて、ここまでで、とても大事な事が御座います。
それは、ダンスで御座います!」
ここでヴィオレッタが声を張った。
黒板にも、『愛情』の隣に『ダンス』と書いて眼鏡をクイっと上げる。
「お嬢様のダンスを話す前に、お嬢様のお父上で在らせられる、ヴァルター・フォン・アイゼンフェルトさまの事を少々お話しさせて頂きます。
我がアイゼンフェルト子爵家は、武門のお家で御座います。
よって、歴代のご当主様も、その殆どが武人であり、領地や領民を守る為にその武を奮って参りました。
現当主のヴァルター様も、御多分に洩れず武門の長として戦士団を率いて、日々魔物等と戦っておられます。
そうです、日々戦っておられるのですから、当然旦那様は長期の遠征となります。」
ヴィオレッタは、教壇に置かれた水を一口飲むと、黒板の『ダンス』の隣に『親子』と書いた。
「こほんっ……、旦那様が長期不在の間、一人お屋敷に残されたのは、幼いお嬢様お一人……とても寂しい事です。
親としての責任感が甘いのです。
……ヴァルター様には一度強く言うべきですね。
さて、これでお嬢様と旦那様の状況は、ご理解頂けたと判断致します。」
「親の都合で一人お屋敷に残されたお嬢様が、心から求めたのは……ヴァルター様とのダンスで御座いました。
お嬢様のお歳であれば、反抗的になってもおかしく御座いませんが……とても素直な心根で御座います」
ヴィオレッタがハンカチを取り出して目元に当てる。
沙織は既に号泣していた。
「――失礼致しました。
そして旦那様がご帰還なされた夜、お嬢様の願いを聞き入れ始まった親子でのダンス……とても、とても素晴らしい光景で御座いました。」
「……はい!
あれはとても尊い光景でした!」
沙織がヴィオレッタの言葉に、感極まり声を張って同意する。
そんな沙織の姿を見るヴィオレッタの顔は、とても好意的なものであった。
「以上が、私からのラティお嬢様に関するご報告で御座います。
長々とお話ししてしまいましたが、ご理解頂ければ幸いで御座います。
……それと、ドアの隙間からずっと見ていたそこのお二方、この後お話しが有ります。
……宜しいですね?」
少しだけ開いていたドアが、ヴィオレッタの言葉でビクリとガタついた。
その後、ドアの向こう側からは「……セバス、なんとかしろ!」や「旦那様こそ、この家の当主なのですから、何とかして下さいませ!」などの、どこか切羽詰まった言い争いが聞こえてきたのだった。




