第二十話 お嬢様、家族の時間で御座います。
「お嬢様、どうするんですか?」
「……ど、どうしましょう?」
何やら二人が焦っておりますが、どうせ時間稼ぎをするつもりで本屋に行ったので御座いましょう。
お嬢様と沙織さんのお二人は、小声で話しておりますが……このセバスチャンには聞こえております。
「と、取り敢えず、本!
絵本を通して庶民の暮らしを自主学習した。
こうしましょう!
これならヴィオレッタも納得ですわ!」
「……なるほど、凄いですお嬢様!」
……私、衛兵からの呼び出しで来たのですが、そこをどうするんでしょうね?
私は、馬車の手配をしながら、ぼんやりとそんな事を考えていました。
「そう言えば、この絵本に書かれている魔族ですが、有名なんですの?」
「……どの絵本です?」
何かを思い出したのか、購入した絵本の内一冊を取り出して沙織さんに見せるお嬢様。
「これなんですけど、先程その辺りに親子がおりまして、騒ぐ男の子にお母様が「良い子にしないと首刈りが来るわよ?」って言ってましたの」
「そうなんですかぁ……まぁ、私は絵本どころか食べ物にすら困る環境でしたので、わかりませんねぇ」
「セバスチャンは何か知ってまして?」
お嬢様が、好奇心を剥き出しにして聞いて来ます。
「……そうで御座いますね、有名、なのかも知れません。
ですが、我が家では使う事の無い言葉で御座います」
「では、道行く方に聞いて――」
「――お嬢様!
さあ、馬車が来ました。
早くお乗り下さいませ」
「あ、ちょっと……」
「……セバスチャンさん?」
「さあ、沙織さんも早く!
ヴィオレッタ様を、お待たせするものでは有りません」
そうです、お待たせしてはならないと私は思う、故に急かすので御座いましょう。
お嬢様達は、少しだけ不満気でしたが、気にせず馬車へ押し込み、私も行き先を告げて乗り込みます。
中ではまだ不満そうなお嬢様が、頬を膨らませておりました。
「何なんですの……」
「何か、急に怖くなりましたよね?」
「……私、わかりましたわ!
きっと、セバスチャンはまだ首刈りが怖いんですわ」
「……そんな子供な」
「でも、セバスチャンって、案外子供なんですのよ?」
「……確かに」
「この前も、野菜を残してヴィオレッタに怒られてました」
「……お嬢様、そういうお話は私が居ない所でするものです。
更に言うならば……淑女として、品の悪い噂話などするものではありません!
もっと、アイゼンフェルト家ご令嬢としての品格をお持ち下さいませ」
私は、真面目に諭す様に言いますが、当の本人達は――
「「……ふふふっ」」
――お二人が顔を見合わせて笑っております。
何となく居心地の悪さを感じますが……これが若さ、なのでしょうか?
――馬車に揺られること半刻。
「あ、屋敷が見えて来ましたわ!」
町外れの、小さな丘の坂道を馬車がゆっくりと上ります。
その先に見える大きな正門と石造りの堅牢な外壁、その奥に見える二階建ての建物こそ、我がアイゼンフェルト家の領都本邸で御座います。
お嬢様を乗せた馬車は進み、正門の前で止まります。
馬車を降りると、正門兵が一斉に敬礼する。
何故かお嬢様も、兵に向かってお辞儀をしています。
取り敢えず気にせず、私は二人に声をかけます。
「さあお二人共、歩きますよ」
「……私、思ったんですけど、あのまま玄関まで馬車で行けば良いと思うのです」
「あ、私もそれ思います!」
面倒そうなお嬢様の言葉に食い気味に賛同する沙織さん。
……沙織さん、貴女は使用人教育で知っている筈ですが?
「貴族の馬車以外が、貴族の敷地に入る事は出来ません。
それは不敬に当たります。」
「……また貴族。
なんて不便で融通が効かないの、貴族はっ!」
歩きながらも、お嬢様は道端の小石に八つ当たりします。
沙織さんも同調し、玄関に着くまでかなり騒がしかったです。
……これは淑女失格ですね、ヴィオレッタ様に報告しておきましょう。
「ただいま!」
玄関ドアを勢いよく開けたお嬢様が、エントランスに響き渡る大きな声で挨拶をしています。
「……良く帰ったな、ラティ」
「……お、お父様っ!」
「だ、旦那様っ?」
玄関を開けた先には、アイゼンフェルト子爵家当主、ヴァルター・フォン・アイゼンフェルトその人が立っておりました。
あれからお嬢様をヴィオレッタ様の所へ沙織さん共々連行した私は今、ヴァルター様と二人、書斎のソファに向かい合って座っております。
金色の短髪に武人然とした風貌、戦場帰りとは思えぬ平服姿のヴァルター様が、眉間に皺を寄せながら私を見ております。
何事かを考えていた様子のヴァルター様が、口を開きました。
「……久しいな、セバス。
アレは元気にやっておったか?」
「はい、お久し振りに御座います、旦那様。
お嬢様に於かれましては……ええ、それはもう」
「ん、なんだ……苦労をかける」
気遣う視線と共に短く言うヴァルター様。
私は少しだけ口元を緩めます。
「いえいえ、これも務めで御座います」
「……」
暫し、お互いに無言となり、ただ紅茶を飲む音だけが部屋に響きます。
「……さて、落ち着いた所で、幾つか確認と情報の共有をしよう」
「……はい」
「まず、此度の魔物の発生についてだ」
「やはり、普通ではありませんか?」
「まずはこの資料を――」
ヴァルター様との話は、夕食の時間まで続きました。
「お父様も、セバスチャンも、遅いですっ!」
使用人に呼ばれてヴァルター様と二人、食堂へと向かいますと……お嬢様が頬を膨らませておりました。
長テーブルの何時もの席に一人座り、テーブルを叩いてその不満を表しております。
「すまんな、ラティ。
少しだけセバスとの話が長引いた、許せ」
「お嬢様、旦那様とセバスチャンは遊んでいた訳ではありません。
寛容な心こそ、淑女には必要ですよ?
あと、今の所作は看過しませんので、後日改めてご指導させて頂きます」
「……そんなぁ」
「さぁ、皆様方……」
ヴィオレッタ様が、お嬢様を嗜めつつ着席を促します。
本来ならば、使用人である私やヴィオレッタ様は、主人やその家族と食卓を共にする事は有り得ませんが、アイゼンフェルト家では、クラウディア様の薫陶により、使用人も家族として食卓を共にする事があります。
故に、私やヴィオレッタ様も、今宵は旦那様と共に席へと着きます。
その後、使用人達が食事を運び、使用人全員が壁際でグラスを持って待機する中、ヴァルター様が立ち上がりグラスを手に持ち、部屋を見渡されます。
「みな、いつも良くやってくれている。
ここにいる者も、今は席を外している者も、全員に私は満足と感謝の意を送らせて貰う……有り難う」
そう言ってグラスを掲げ、その後一気に飲み干しました。
それを合図に、全員が静かにグラスを掲げ、杯を空けます。
その後は、給仕以外の使用人は退室し、食事が始まりました。
最初はややぎこちなかったお嬢様とヴァルター様も、徐々に打ち解けて行き、剣の話や魔物の倒し方、果ては正義の在り方まで――。
……父娘の会話としては、少々物騒な気も致しますが。
私は尽きぬ疑問を抱えながらも、楽しい時間を過ごさせて頂きます。
そして――
「……お父様、お願いがあります!」
服の裾を両手で握り、意を決したお嬢様が、ヴァルター様に話しかけました。
その真摯な表情に、ヴァルター様も姿勢を正して問いかけます。
「……どうしたんだラティ?
何か欲しい物でもあるのか?」
「わ、私と……い、一曲踊って下さいませっ!」
少しだけ不安そうに返事を待つお嬢様に対して、ヴァルター様の返事は――
「……喜んで、ラティ」
急遽編成された使用人による楽団が上品な音色を奏でる中、少しだけ身を屈ませ、相手に合わせて優雅にリードするヴァルター様。
上品な音色を身に纏い、軽やかに舞う様に踊るお嬢様。
二人は軽やかに、楽しげに踊ります。
お嬢様が右に退けば、ヴァルター様は左に進み、ヴァルター様が右に踏み込めば、お嬢様は軽やかに左にターンを切る。
実に息の合った素晴らしい踊りで御座います。
私は、思います。
この優しく美しい世界、お嬢様に遺すべきこの世界を守り抜くと……。
その為ならば私は――




